大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和60年(ネ)1515号 判決

第二七六八号被控訴人、第三〇三二号控訴人

(一審原告番号1、以下単に「原告1」のように表示する)

鈴木保

〈外六三名〉

第二七六八号被控訴人、第一五一五号附帯控訴人(原告12)

家串松三郎

第二七六八号被控訴人(原告40)

旧姓市原安藤純二

〈外一名〉

第三〇三二号控訴人(原告56)

大竹貞雄

〈外六名〉

一右原告ら訴訟代理人弁護士

宇野峰雪

柿内義明

鵜飼良昭

野村和造

二右原告らのうち原告番号〈省略〉の原告ら訴訟代理人弁護士

赤塚宋一

赤谷孝士

赤松範夫

五百蔵洋一

石井將

市川俊司

伊藤和夫

伊藤公

伊藤まゆ

井上英昭

井上豊治

今井敬弥

今井誠

色川清

上坂明

上田文雄

内田剛弘

江本秀春

大倉忠夫

大口昭彦

大塚勝

大脇保彦

小川寛

小口恭道

小野幸治

小野允雄

海渡雄一

片桐敏栄

桂秀次郎

金川塚郎

冠木克彦

亀田得治

北尾強也

儀同保

木下肇

久保田謙治

栗山和也

栗山れい子

恵崎和則

後藤昌次郎

近藤正道

坂上富男

坂々木秀典

里見和夫

清水芳江

鈴木宏一

田川和幸

高島民雄

武田博孝

武村二三夫

丹下昌子

丹治初彦

知念幸栄

津留雅昭

寺崎昭義

栂野泰二

中川瑞代

仲田隆明

沼田悦治

長谷一雄

畑仁

葉山缶夫

平尾孔孝

廣瀬理夫

藤田剛

藤田正隆

藤原周

藤村耕造

福田拓

細川律夫

本田敏幸

松倉佳紀

前田裕司

丸山武

水口二良

水嶋晃

水谷保

宮里邦雄

宮本裕將

森井利和

山上知裕

山口広

山崎巳義

吉田健

横路民雄

和田光弘

渡辺利之

渡辺千吉

吉峯啓晴

荘司昊

水嶋幸子

丸井英弘

三前記二の原告ら及び原告番号40、59の原告ら訴訟代理人弁護士

小池貞夫

秋山泰雄

安養寺龍彦

山本博

中村清

戸谷豊

角尾隆信

仲田信範

中野新

小沢克介

葉山水樹

太田宗男

槇枝一臣

石田省三郎

佐藤優

福本庸一

髙橋理一郎

湯沢誠

保良公晃

荻原富保

四前記二記載の原告ら及び原告番号26、40、78、81の原告ら訴訟代理人弁護士

千葉景子

福田護

第二七六八号被控訴人(原告4)

貞村靜雄

右同(原告60)

板垣和江

第二七六八号被控訴人、第三〇三二五号控訴人(原告62)

加藤郁子

第二七六八号控訴人、第三〇三二号被控訴人、第一五一五号附帯被控訴人

(以下、単に被告と表示する)

右代表者法務大臣

鈴木省吾

右指定代理人

安間雅夫

〈外二四名〉

右原告加藤郁子に関する事件をその余の原告らに関する事件に併合して、次のとおり判決する。

主文

一  原判決中被告敗訴部分を取り消す。

二  右取消部分にかかる原告らの請求をいずれも棄却する。

三  原告らの当審で拡張した現在の損害賠償請求をいずれも棄却する。

四  控訴にかかる原告ら(原告加藤郁子を除く)の当審で予備的に追加した将来の損害賠償請求にかかる訴えをいずれも却下する。

五  控訴にかかる原告らの本件各控訴並びに原告家串松三郎の本件附帯控訴をいずれも棄却する。

六  附帯控訴の費用は附帯控訴人の負担とし、その余の訴訟費用は、第一、二審を通じて原告らの負担とする。

理由

第一  本件飛行場の概要及び原告らの居住地域

一当裁判所の認定、判断は、左のとおり付加、訂正するほかは、原判決理由中の該当判示部分(C一頁三行目以下一一頁七行目まで)のとおりであるから、右部分を引用する。

二1  原判決C一一頁三行目の「原告ら」を「原告ら(死亡した一審原告の承継人である原告らについては右死亡した一審原告についていう。以下同じ)」と、同五行目「別冊第27表」を「被告の当審主張第三八表」と各訂正する。

2  〈証拠〉によると、以下の事実が認められる。すなわち、被告は昭和五七年三月頃下総基地から海上自衛隊第五一航空隊を厚木基地に移駐させた。また被告は、現用対潜哨戒機(P―2J、S―2F等)の減耗を補充し、近代化を図るため、昭和五六年一二月に大型対潜哨戒機であるP―3C三機を厚木基地に配備し、これを初めとして、昭和六〇年度末までに被告が保有する予定であるP―3C一八機のすべてが、厚木基地に配備されている。後にも触れるが、空母ミッドウェーのその後の入港は、昭和五五年に六回で、その入港日数計一五二日、同五六年九回、同計一五〇日、同五七年六回、同計一八〇日、同五八年七回、同計一四六日、同五九年六回、同計一二五日となつている。

第二  航空機離着陸差止等請求に係る訴えの適法性

一当裁判所の認定判断は、左記のとおり訂正するほか、原判決理由中の該当判示部分(C一三頁二行目から七三頁二行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

二1  原判決C二〇頁一〇行目の「二九日」を「三〇日」と、二八頁六行目の「配備され」を「配備され、その後前記の第五一航空隊の移駐、P―3Cの配備等により、部隊編成、配備機種の変更がなされて、」と各訂正する。

2  同五七頁六行目の「右認定事実によれば」を削除し、同頁七行目冒頭から六六頁九行目までを次のとおり訂正する。

「1原告らが本件で自衛隊機の運航等につき差止を請求しているのは、(一)本件飛行場において、毎日午後八時から翌日午前八時までの間、一切の航空機を離着陸させてはならず、かつ、一切の航空機のエンジンを作動させてはならない。(二)本件飛行場の使用により、毎日午前八時から午後八時までの間、原告らの居住地に六五ホンを超える一切の航空機騒音を到達させてはならない、というものである。

ところで、弁論の全趣旨によれば、航空機がその飛行や離着陸時及び発進前における誘導、ランアップ時並びにエンジンテスト時において、騒音を発することはその性質上不可避的なことであり、特に、本件飛行場のように防衛用の施設であつて、そこで使用されるのが一般民間機と異る軍事用の航空機である場合には、その性質上最大量の出力が求められ、エンジン、プロペラ等航空機の構造上、音源対策を施すには自ら限界があるといわなければならない。そして、〈証拠〉によれば、昭和五四年七月四日から六日までの三日間、本件飛行場の滑走路の南端及び北端からそれぞれ六五〇メートル、一八〇〇メートル、二五〇〇メートル、同じく東側六五〇メートルの各地点において測定したところによると、自衛隊機であるYS―11、P―2J、S2F―1等の航空機の交通量の総数一一五回に及ぶ飛行において、離着陸時の騒音ピークレベルのパワー平均は七八・二dB(A)であり、最高のピークレベルは九九・五dB(A)であることが認められ、また、当審の第一、第三回検証の結果によれば、本件飛行場の滑走路北端から滑走路の北方延長線上約一六〇〇メートルの地点での測定によると、本件飛行場を離発着する自衛隊機P―3Cのピークレベル音量は八七dB(A)程度であり、同飛行場滑走路中心線上を着陸帯南端から約四五〇メートル、同地点から直角に東へ約五〇〇メートルの地点での測定によると、右P―3Cのピークレベルの音量は八一dB(A)程度であることが認められる。前認定のように、現在、本件飛行場において離着陸する自衛隊機は、すべてプロペラ機であり、それらが昼夜を通じ付近海域の対潜哨戒等の防衛任務に従事していることは弁論の全趣旨により明らかである。以上の事実によれば、原告らの本件差止請求は、現在の航空機の性能を前提とする限り、自衛隊による本件飛行場の使用を全面的に中止させるか、これに大巾な制約を課することを求めるものというべく、結果的には、これにより本件飛行場の防衛施設としての機能のほぼ全面的な停止を求めるのに等しいものというべきである。

ところで、現行憲法は、国民主権主義及び三権分立の制度を基本原理とする民主主義体制を採用しているのであるから、国民を代表し、国民に対して直接政治上の責任を負う国会の立法的裁量事項や、国会の政治的コントロールのもとにおける内閣の政治的裁量事項については、裁判所が司法権を行使するにあたつても、これを尊重する必要があるのは当然である。

また、国家行為のうち、国の機構、組織並びに対外関係等を含む国家統治権の基本にかかわる高度に政治性を有する事項については、憲法上独立の地位をもち、国民に対して直接政治上の責任を負うことのない裁判所が、特定の制約された訴訟手続の中でその適否を判断するのは適当でなく、憲法の標榜する民主政治の原理からすれば、かかる事項は、国民に対して直接・間接に政治責任を負う国会又は内閣の権限に留保され、国民の批判と監視の下に解決されるのが最も適当であると考えられる。

自衛隊は、わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当るもの(自衛隊法三条一項参照)であり、その活動は、自衛隊の各隊及び各施設が相互に有機的に結合することによつてなされているのであつて、本件飛行場の設置及び航空機の配備、運用は、このような総合的な防衛態勢の一環にほかならないというべきところ、斯かる自衛隊の具体的運営は、わが国の国力や国民の意識、その置かれた国際環境やこれが流動する情勢、科学的軍事技術の進歩等、諸般の事情を総合的に考慮し、政治部門によつて立法上又は予算上の裏付がなされたうえ行われているのである。

したがつて、右のようなわが国の自衛権行使のための実力組織の規模、内容、程度及びその運用を如何に決定するかは、政治部門における高度の政治的、専門的裁量による判断を伴うものというべく、それは、国内における政治、経済等の動向や集団安全保障体制のもとにおける国際関係にも深い関連があり、わが国の存立と安全にもかかわる緊要な事項であるとともに、高度の政策的判断を不可欠とするものであつて、いわゆる統治行為ないし政治問題に属するものというべきである。そうすると、斯かる緊要な国家の政策決定の具体的効力を直接に左右するが如き本件差止請求は、裁判所の民事訴訟事項として適格を有するものとすることはできないから、右請求にかかる訴えは不適法としてこれを却下すべきものと認める。」

3  同六六頁一一行目の「使用させないこと」を「使用させないこと、航空機のエンジンを作動させないこと」、七二頁六行目の「使用させること」を「使用させること、航空機のエンジンを作動させること」と各訂正する。

第三  損害賠償請求にかかる訴えの適法性

原告らは、本件差止等請求に併合して、航空機騒音等により原告らの人格権又は環境権等の権利ないし法益が侵害されていることを理由として、主位的には国賠法二条一項、予備的には民法七〇九条の各規定に基づき、過去(昭和三五年一月一日から本件口頭弁論終結日である昭和六〇年八月二八日まで。但し、原告62加藤郁子、原告26篠田房江、原告59月生田建、原告78室井モト、原告81小林キクについては、事実摘示四、五記載の日まで。)に生じた損害及び将来(本件口頭弁論の各終結日の翌日以降侵害行為のやむ日まで)に生ずべき損害並びに弁護士費用の賠償をそれぞれ請求している(以下「本件損害賠償請求」という。)。

これに対して被告は、右損害賠償請求の前提としているのは、本件飛行場の使用方法の適否であつて、その判断のためには、本件飛行場を自衛隊ないし米軍が飛行場として使用することの適否、そこに離着陸する航空機の配備の適否、あるいは我が国の防衛態勢全体の適否の判断を前提としなければならないのであるが、右のような判断は、結局、わが国の防衛力全体の態勢や配備の適否、わが国がアメリカ合衆国との間に締結した安保条約の効力を判断することになるのであつて、これらは、いずれも統治行為ないし政治問題であり、裁判所の判断事項ではなく、右損害賠償請求は不適法であると主張する。

ところで、本件損害賠償請求のうち主位的請求の要旨は次のとおりである。すなわち、本件飛行場は被告が昭和二六年以降米海軍に供用しており、また、昭和四六年海上自衛隊がその航空基地として、航空管制権を米軍から引継いで使用している国有地であり、管制塔等主要な建造物も被告の所有管理するところであるから、被告の設置する公の営造物である。また、被告は、昭和三二年にはこれを大型ジェット機が離着陸できるように改修したほか、昭和四五年以降は、その航空管制を関係法規に基づいて被告が行つているのであるから、かかる関係において、右飛行場は被告の管理する公の営造物である。被告は、右飛行場を米軍に供用し、また自衛隊により使用しているのであるが、このことにより、原告ら周辺住民はジェット機等の発する激甚な爆音、振動、排ガス等に暴露され、甚大な損害を受けているが、被告はこれを放置し、何らの抜本的対策を講じていない。本件飛行場は、このような被告の所為によつて周辺住民である原告らに対して営造物として通常備えるべき安全性を著しく欠くに至つたので、右被告の所為と原告らに生じた損害は、国賠法二条一項にいう「公の営造物の設置又は管理に瑕疵があつたため損害が生じたとき」にあたるから損害賠償を求めるというのである。そうである以上、問題は、あくまで被告による具体的な本件飛行場の使用又は供用の態様と程度とにあるから、右具体的な使用ないし供用行為に関連して生じたという本件飛行場の設置管理の瑕疵(通常備えるべき安全性の欠如)の有無を審理判断するにあたつては、右被告による侵害行為の程度、内容、被侵害利益の性質、内容、侵害行為のもつ公共性(公益上の必要性)の性質、内容等を比較検討するほか、必要に応じ、被告がなした周辺対策及び本件飛行場周辺地域への原告らの居住の先後関係等の事情をも考慮して、その被害が受忍限度を超え、その侵害行為が違法性を帯びるものかどうかを、本件事案に即して具体的に審理判断すれば足り、それ以上にすすんで本件飛行場を自衛隊ないし米軍が使用することの適否、ここに離着陸する航空機等の配備の適否、あるいはわが国の防衛態勢ないしは米軍の本件飛行場使用自体の適否に至るまで、その内容に立入つて判断する必要はない。

また、原告らが予備的に主張する損害賠償の請求は、被告は、本件飛行場の設置管理者として、航空機の離着陸等に伴う騒音等による被害の防止に努めなければならない責務を負つているにも拘らず、これを怠り、原告ら周辺住民を長期にわたり激甚な騒音等に暴露したうえ、更に基地機能を拡大強化して、原告らの被害が深刻化するのを放置したので、民法七〇九条の不法行為として損害賠償の義務があるというのであつて、右請求原因の当否を審判するのに、前記被告が主張するような点についてまで立ち入つて審理判断しなければならない筋合いのものではない。

したがつて、被告が統治行為ないし政治問題を理由として本件損害賠償請求が不適法であるとする主張は理由がない。

第四  侵害行為

一この点に関する当裁判所の認定判断は、左記に削除、訂正、付加するほかは、原判決に説示するところと同一であるからこれを引用する(原判決C七九頁一行目以下C一三〇頁末尾まで)。

二1  原判決C八〇頁一行目から二行目の「これら航空機が発する騒音は、」以下同八一頁一行目「感得された。」までを、「そして、航空機の飛行騒音は、持続時間の点で定常騒音と区別されて間欠騒音と呼ばれ、間欠性、一過性で時続時間が短いという特殊性を有する。」と訂正し、同一〇行目「更に、航空機の飛行中にあつては、」以下同八二頁末行までを削除する。

2  同八八頁六行目「しかも、」以下一一行目から一二行目の「特殊な事情が存する。」までを、次のとおり改める。

「例えば、昭和四〇年六月、厚木基地に常駐していた第一一海兵飛行大隊は、ベトナム戦争の激化に伴い、所属機とともに他の基地に移駐した。また、昭和四五年の米国政府の海外基地縮少集約化計画を受けて、昭和四六年七月には基地内の施設の飛行場部分等を海上自衛隊に移管等を行つたことから、厚木基地の米軍航空基地としての機能は低下し、常駐機も漸減していつた。この間の騒音は、海上自衛隊の移駐に伴う所属機(プロペラ機)の騒音があり、また、ベトナム戦争にかかる航空機の飛来問題があつたりした。昭和四八年二月、米国のアジア戦略の変更に伴い、P―3Cオライオンが配備され、同年一〇月には空母ミッドウェーの横須賀入港があり、以来同港を事実上の母港としたため、厚木基地には同空母の艦載機が飛来するようになり、以後同空母の入港時に集中して、騒音が激化するという従来とは異る形態の発生状況となつた。このように、昭和四八年一〇月以降は、厚木基地に飛来するジェット機の殆んどは、横須賀を母港とする空母ミッドウェーの艦載機であり、これらは、入港二、三日前洋上から飛来し、出港二、三日後までに洋上の空母に帰艦し、入港中は厚木基地を中心に訓練飛行が行われることから、この時期に騒音の顕著な増加がみられるのであつて、厚木基地周辺の騒音状況は同空母の動向に左右されるというのが大きな特徴である。」

3  同九六頁七行目「以上のとおり、」以下末行までを次のとおり改める。

「以上のとおり、昭和三五年から昭和三八年については、本件飛行場滑走路の拡張改修工事が昭和三三年から昭和三五年にかけて実施されて大型ジェット機の離着陸が可能となつたことから、ジェット戦闘機をはじめとする各種の米軍機が時期により頻繁に離着陸し、日によつては相当高い騒音が発生していることが認められるが、前記のとおり、毎年一週間から一〇日間程度という限られた測定期間の資料しかなく、年間を通じての騒音の発生状況を認めるに足りる資料はない。」

4  同一〇一頁四行目「吉見宅における」以下七行目までを次のように改める。

「吉見宅における昭和五五年四月、五月の一日当り平均測定回数は五〇回前後、同じく平均持続時間は一二分以上であるが、これはミッドウェーが横須賀入港中で、同年中最も騒音量の多い時期のことであり、そうでない時期にあたる同年八月ないし一一月の一日当り平均測定回数は一六回程度で、平均持続時間は四、五分程度である。」

5  同一〇二頁二行目から三行目の「平日と大差ない。」を「平日の四分の一程度である。」と、同五行目の「一〇七回」を「一七〇回」と、同六行目「一一九回」を「二六五回」とそれぞれ訂正する。

6  同一三〇頁一行目と二行目の間に、行をかえて「3 〈証拠〉によれば、原告らの当審主張にかかる墜落等の事例①ないし⑧の事実(但し、②の「エンジンカバー」を「左車輪格納用カバー」と訂正する)を認めることができる。」を挿入する。

三昭和五六年以降の騒音の発生状況

1  昭和五六年以降昭和五九年までの本件飛行場における航空機騒音の発生状況については、原告らの主張するところは、原告らの当審主張別表(一)ないし(一四)のとおりである。原告らは、主として本件飛行場周辺四か所の地点(前記①大和市上草柳三―一〇―一二野沢宅、②同市西鶴間一―三吉見宅、③同市林間一―五―一八市立林間小学校、④同市福田四〇五〇―六月生田宅)に設置した自動記録騒音計が示す騒音記録により、右各年度及び各地点における七〇dB(A)以上の騒音の発生状況を、発生回数、騒音レベル及び持続時間毎に分類して明らかにし、航空機騒音が原審口頭弁論終結後、特に昭和五七年二月以降、米軍の実施する空母ミッドウェー艦載機による夜間離着陸訓練(以下、NLPという。)により格段に激化し、原告ら周辺住民の受忍限度をはるかに超えるに至つたと主張している。

これに対して被告は、右原告らの主張する測定回数、測定時間帯及び持続時間等を前提とし、これを裏付ける〈証拠〉を基礎として、前記各地点における各年度毎の一日平均の騒音の測定回数と持続時間、規制時間(午後一〇時以降翌日の午前六時までの深夜、早朝と日曜日)内における一日平均の測定回数と持続時間をそれぞれ算出することによつて被告の主張を構成し、NLP実施期間中の一時的騒音の増加はあつても、右期間を除けば、本件飛行場周辺における騒音の発生回数は比較的少なく、各年度を全体として平均的に観察すれば、従前の場合と比較して格段に騒音が増加したということはできず、これをもつて原告らの主張する「騒音の激化」というのはあたらない旨主張している。

右被告の主張によれば、被告は、前示原告らの主張する期間内における騒音の発生回数とその持続時間等を含む騒音発生の事実自体は争わないが、これを年度毎に一日に平均化すれば、全体として必ずしも格段に騒音が増加したということはできないとして、その評価を争つているものと解される。そして、〈証拠〉によれば、被告による一日に平均化した騒音測定回数と持続時間、夜間早朝の規制時間帯及び日曜日における騒音測定回数とその持続時間についての算定は相当であると認められる。以上によれば、原告らが当審で主張する右期間の騒音発生状況に関する事実、すなわち、原告ら当審主張の別表(一)ないし(一四)記載の事実は当事者間に争いがないこととなる。また、〈証拠〉によれば、大和市は昭和五六年から昭和五九年までの前記四地点における七〇dB(A)以上の騒音の発生状況をまとめており、それによると、右騒音の測定回数(月別及び年別)、一日平均測定回数、最高音、実測日数は本判決添付別表一ないし四のとおりであり、その音量別測定回数は同表五ないし八のとおりであることが認められる。右別表一ないし八は、原告ら主張の前記別表(一)ないし(一四)と特段な相違を見ないので、以下の判断では適宜これらの表を用いる。

なお、〈証拠〉によれば、原告ら主張のNLPが行われた昭和六〇年四月二三日から五月一五日までの野沢宅における七〇dB(A)以上の航空機騒音測定結果は、原告ら当審主張別表(一七)ないし(一九)のとおりであることが認められるが、その他の測定地点や野沢宅でその他の期間における測定結果が提出されていないので、昭和六〇年に入つてからの本件飛行場周辺地域の騒音状況の全般或いはその傾向を確定することができない。

2  右事実及び〈証拠〉によれば以下のことが明らかとなる。

(一) 右各地点における七〇dB(A)以上の騒音測定回数は、別表一ないし四のとおり、昭和五六年以降昭和五九年まで(昭和六〇年については前記のとおり全体としての傾向は不明である。)逐年増加し、例えば、野沢宅における昭和五六年総測定回数二万一一二六回(一日平均五八回)、同五七年二万七七三七回(同七六回)、同五八年三万〇七七〇回(同八四回)、同五九年三万四三九五回(同九四回)と顕著に増加しており、この傾向は、吉見宅九五一六回(同二六回)、一万三八七八回(同三八回)、一万五七三六回(同四四回)、一万七四七三回(同四八回)、林間小学校七四九六回(同二一回)、九三六八回(同二六回)、一万〇四六九回(同三〇回)、一万一三七五回(同三一回)、月生田宅八七七一回(同三四回)、一万五五七〇回(同四五回)、一万五七七六回(同四六回)、二万〇三〇七回(同五六回)と、各地点とも同様に増加していることが認められる。そして、右測定回数の増加は、昭和五七年三、四月、同年七、八月、一二月、昭和五八年一、二月、五月、一〇月、一二月、昭和五九年七、八月、一〇月、一二月等、原告らが主張するNLPの実施時期に顕著にみられるので、右測定回数、したがつて騒音の発生回数の増加は、米軍によるNLPの実施によるものであることは明らかであり、この増加は、特に野沢宅において著しいものがある。なお、〈証拠〉によれば、基地東側の昭和五六年以降における航空機騒音の発生状況(前記尾崎宅での測定結果)はほぼ原告らの当審主張のとおりであることが認められる。

(二) 右騒音の一日平均の持続時間(概数、以下同じ)の点は、ほぼ被告当審主張のとおりであつて、昭和五六年から五七年に至つて各地点とも一様に増加したが(野沢宅一四分五七秒から一九分七秒、吉見宅九分八秒から一三分、林間小学校八分二八秒から九分四四秒、月生田宅九分五五秒から一四分二九秒)、昭和五七年から五九年までの間では、野沢宅を除くその余の各地点とも測定回数が増加した割には持続時間の増加はみられず(吉見宅一三分から一三分四二秒、林間小学校九分四四秒から九分五五秒、月生田宅一四分三九秒から一五分四〇秒)、ほぼ横ばいか又は僅かな増加を示しているに止まる。因みに、同期間の野沢宅では一九分九秒から二四分四三秒となつている。

(三) 音量別測定回数については、先ず原告ら当審主張の別表(一〇)音量別に表示した「一日当り騒音発生状況年別推移表」によれば、昭和五六年以降五九年まで、各地点とも七〇dB(A)から七九dB(A)までの騒音は、一様に増加し、八〇dB(A)から八九dB(A)までの騒音も、月生田宅を除いて増加しているが(月生田宅では、昭和五八年二五回が同五九年二二回と減少している。)、九〇dB(A)から九九dB(A)までの騒音は、各地点とも各年度毎に増減があり、顕著な増加があるとは認めがたく、一〇〇dB(A)以上の騒音は、各地点とも殆んど全く変化はないといつてよい状況である(野沢宅五回、吉見宅三回、林間小学校と月生田宅は二回程度)。これを別表五ないし八について各年度の音量別騒音測定回数をみても、ほぼ同様の傾向が認められる。すなわち、前記期間、七〇ないし七九dB(A)、八〇ないし八九dB(A)の騒音は、月生田宅を除く各地点とも一様に増加しているが(月生田宅では、昭和五八年から五九年にかけて、七〇dB(A)台の測定回数は四六七一回から九四七七回と二倍以上の増加を示しているが、八〇dB(A)台の測定回数は八六五九回から七八九七回に減少している。)、九〇dB(A)台になると、一様ではなく、昭和五七年をピークに吉見宅と林間小学校では減少の傾向にあり、野沢宅でも五八年には減少しているが、五九年には再び増加し、月生田宅でも類似の傾向にある(もつとも、同宅では五九年が最も多い。)。一〇〇dB(A)以上になると、野沢宅、月生田宅とも五七年をピークに漸次減少の傾向にあり、吉見宅、林間小学校とも五九年の方が五六年よりそれぞれ低い測定数値を記録している。

以上、いずれにせよ、各地点とも九〇dB(A)以上の騒音測定回数については増加傾向にあるということはできない。そして、昭和五九年における七〇dB(A)から八九dB(A)までの騒音量の測定回数が全体に占める割合は、野沢宅で八一パーセント、吉見宅、月生田宅でいずれも八六パーセント、林間小学校で八〇パーセントであつて、大部分の騒音は八九dB(A)以下のものである。前記(二)のとおり、騒音の測定回数の顕著な増加にも拘らず持続時間が必ずしもこれに相応していない理由のひとつはこの点にあるものと推察される。

(四) 深夜早朝の規制時間帯と日曜日における一日平均の騒音測定回数と持続時間については、ほぼ被告の当審における主張のとおりであつて、先ず規制時間帯においては、野沢宅で昭和五九年の一日平均測定回数が一・二回、持続時間が一八秒となつているほか、野沢宅のその余

第一表 1日平均測定回数(野沢宅)

昭和56年

昭和57年

測定回数

1日平均

測定回数

最高音

(ホン)

実測日数

測定回数

1日平均

測定回数

最高音

(ホン)

実測日数

2,242

72.3

115

31

2,174

70.1

119

31

1,515

54.1

116

28

2,228

79.6

120

28

1,582

51.0

110

31

3,281

105.8

117

31

1,647

54.9

114

30

3,035

101.2

118

30

1,390

44.8

114

31

1,737

56.0

109

31

1,911

63.7

117

30

1,961

65.4

115

30

1,366

44.1

115

31

3,045

98.2

120

31

2,410

77.7

115

31

2,170

70.0

118

31

1,355

45.2

119

30

2,181

72.7

116

30

10

2,530

81.6

117

31

1,796

57.9

120

31

11

1,509

50.3

115

30

1,478

49.3

119

30

12

1,665

53.7

117

31

2,651

85.5

118

31

21,126

57.9

119

365

27,737

76.0

120

365

昭和58年

昭和59年

測定回数

1日平均

測定回数

最高音

(ホン)

実測日数

測定日数

1日平均

測定回数

最高音

実測日数

2,773

89.5

114

31

2,260

72.9

113

31

2,297

82.0

114

28

1,634

56.3

110

29

1,960

63.2

115

31

2,444

78.8

111

31

2,287

76.2

110

30

2,552

85.1

114

30

4,056

130.8

118

31

2,559

82.5

117

31

1,726

57.5

113

30

2,220

74.0

118

30

2,115

68.2

108

31

4,500

145.2

118

31

2,145

69.2

116

31

4,415

142.4

116

31

2,147

71.6

120

30

2,357

78.6

116

30

10

3,854

124.3

117

31

4,042

130.4

118

31

11

2,245

74.8

114

30

2,232

74.4

115

30

12

3,165

102.1

118

31

3,180

102.6

114

31

30,770

84.3

120

365

34,395

94.0

118

366

第二表 1日平均測定回数(吉見宅)

昭和56年

昭和57年

測定回数

1日平均

測定回数

最高音

(ホン)

実測日数

測定回数

1日平均

測定回数

最高音

(ホン)

実測日数

787

25.4

112

31

873

28.2

114

31

712

25.4

115

28

916

32.7

113

28

741

23.9

113

31

1,295

41.8

115

31

724

24.1

109

30

1,278

42.6

115

30

651

21.0

111

31

925

30.8

108

30

1,004

33.5

114

30

1,102

36.7

114

30

734

23.7

116

31

1,820

58.7

115

31

1,167

37.7

113

31

1,421

45.8

117

31

530

17.7

113

30

1,349

45.0

115

30

10

1,080

34.8

114

31

1,063

34.3

112

31

11

634

21.1

113

30

784

28.0

114

28

12

752

24.3

113

31

1,052

33.9

113

31

9,516

26.1

116

365

13,878

38.3

117

362

昭和58年

昭和59年

測定回数

1日平均

測定回数

最高音

(ホン)

実測日数

測定回数

1日平均

測定回数

最高音

(ホン)

実測日数

1,124

36.3

113

31

1,076

34.7

109

31

933

33.3

111

28

719

24.8

108

29

877

28.3

108

31

1,409

45.5

111

31

1,168

38.9

110

30

1,526

50.9

113

30

2,208

71.2

114

31

1,382

44.6

114

31

1,189

39.6

108

30

1,193

39.8

113

30

1,438

46.6

107

31

2,160

72.0

115

30

1,432

46.2

118

31

2,325

75.0

113

31

1,199

40.0

113

30

1,228

40.9

114

30

10

1,727

55.7

118

31

1,915

61.8

114

31

11

1,009

36.0

112

28

1,011

33.7

117

30

12

1,432

49.4

116

29

1,529

49.3

112

31

15,736

43.6

118

361

17,473

47.9

117

365

第三表 1日平均測定回数(林間小学校)

昭和56年

昭和57年

測定回数

1日平均

測定回数

最高音

(ホン)

実測日数

測定回数

1日平均

測定回数

最高音

(ホン)

実測日数

522

19.3

108

27

694

22.4

114

31

549

19.6

113

28

713

25.5

110

28

533

17.2

112

31

912

32.6

117

28

532

17.7

108

30

830

27.7

112

30

532

17.2

106

31

654

21.1

106

31

779

27.8

111

28

866

28.9

113

30

665

21.5

113

31

1,128

36.4

111

31

1,017

32.8

113

31

859

34.4

114

25

442

14.7

111

30

865

28.8

118

30

10

777

29.9

114

26

646

20.8

113

31

11

545

18.2

116

30

518

17.3

112

30

12

603

19.5

111

31

683

22.0

111

31

7,496

21.2

116

354

9,368

26.3

118

356

昭和58年

昭和59年

測定回数

1日平均

測定回数

最高音

(ホン)

実測日数

測定回数

1日平均

測定回数

最高音

(ホン)

実測日数

826

26.6

114

31

665

21.5

104

31

725

25.9

110

28

593

20.4

104

29

658

21.2

108

31

1,087

35.1

107

31

920

30.7

109

30

842

28.1

106

30

1,477

47.7

112

31

938

30.3

109

31

692

23.1

105

30

838

27.9

108

30

847

27.3

107

31

1,429

46.1

117

31

845

27.3

107

31

1,400

50.0

116

28

869

29.0

109

30

754

25.1

112

30

10

1,148

37.0

110

31

1,205

38.9

113

31

11

402

21.2

106

19

703

23.4

113

30

12

1,060

34.2

110

31

921

29.7

109

31

10,469

29.6

114

354

11,375

31.3

117

363

の期間や、その他の各測定地点のいずれにおいても、測定回数は一日で一回にも達せず、持続時間も六秒ないし一七秒程度である。

右期間の日曜日における七〇dB(A)以上の平均騒音発生回数は、ほぼ被告の当審主張のとおりであつて、平日のそれと対比すると、野沢宅で一二ないし二三パーセント、吉見宅で二五ないし二八パーセント、林間小学校で一九ないし三五パーセント、月生田宅で一七ないし三三パーセントで、いずれも平日の三分の一以下である。因みに、昭和五八年における日曜日の一日当たり平均の騒音の発生回数、持続時間は、それぞれ概数で野沢宅一八回、五分四秒、吉見宅一二回、四分二七秒、林間小学校一〇回、三分四九秒、月生田宅一六回、五分一九秒である。月生田宅については、昭和四六年、四八年と比較して発生回数、持続時間とも減少している。

また、日曜日の規制時間内の一日当り平均の騒音測定回数とその持続時間は、例えば昭和五九年についてみると、野沢宅で〇・五回、八秒、林間小学校で〇・二回、三・九秒、月生田宅で〇・三回、五秒程度となつている。

以上のとおり、昭和五七年以降、本件飛行場周辺で七〇dB(A)以上の航空機騒音の測定回数は顕著な増加を示しており、その原因は、昭和五七年二月以降、米軍が本件飛行場で開始した空母ミッドウェー艦載機によるNLPにあることは明らかであるが、増加した騒音の程度、内容は、七〇dB(A)から八九dB(A)までのものが圧倒的に多く、九〇dB(A)以上の騒音になると、前年に比し減少している測定地点もあつて、少なくとも確実に増加の傾向にあるものとは認められない。また、深夜、早朝や日曜日等の騒音測定回数や持続時間についても、それ以前と比較して増加があつたとはいい難い。しかし、その点は兎も角、右期間を特徴づけるものは、ミッドウェー艦載機によるNLP実施がもたらす騒音の増加であるから、以下このNLPについてふれておくこととする。

3  夜間離着陸訓練(NLP)について

(一) NLPの内容

〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

艦載機の空母への着艦は、陸上飛行場への着陸に比べてパイロットとしてはるかに高度の技量を必要とする。一般に空母艦載機の離着艦は、時速零の状態から二・五秒後に時速三〇〇キロのスピードで離艦するスチーム・カタパルト発進、アレスティング・フックを使用しての制動着艦が基本となる。本件飛行場の滑走路は約三〇〇〇メートルであるが、ミッドウェーの着艦甲板は約二〇〇メートルで、また、着艦時には空母は相対風速を得る為に高速で風上に向つて進行する。波が高ければ進行する空母の動揺も激しいが、着艦機は機体の後部のフックを降し、甲板に張られているアレスティング・ワイヤー(制御索)に引つ掛けて機体を急停止させる。ミッドウェーには三本のワイヤーが張られているが、その間隔は一二ないし一三メートル、フックの理想的タッチング・ポイントは第二ワイヤーの手前一・二メートル程度といわれている。もとより甲板のセンター・ライン上であること、ラインから左右の誤差は数フィート、艦尾に接近してくる機体の高度誤差も三メートル以内とされている。このように、空母についての離着艦には高度の飛行技術が必要とされる関係上、米海軍では艦載機パイロットの資格として発着艦技能資格制度が採用されている。この資格を取得しても、パイロットは訓練により常時練度を保つ必要があり、特に、長期間の休養、休暇後に空母へ帰艦するためには、陸上での夜間着艦訓練が必要となる。この訓練は、滑走路の一部を空母の飛行甲板に見たて、滑走路の定められた一点を基点に離着陸を行うが、夜間における空母への着艦を想定して行うことから、艦載機は基地周辺上空を周回し、地上の誘導ライトを頼りに大きな推力を維持しつつ滑走路に進入し、着地後直ちに急上昇して復航する。この飛行訓練をくり返し行うことにより、着艦技術を維持向上させるとされている。

右訓練を夜間に行う必要性は、夜間荒天の海上を動揺しつつ進行する空母への着艦には、更に細心の注意とより高度の技量が必要とされるからである。この場合、空母の司令塔をはじめ甲板上のライトは殆んど消されており、パイロットは、僅かに艦尾燈と着艦甲板上のセンター・ライト、それに着艦誘導装置のライトのみを頼りに自力で着艦することが要求される。このため、練度維持の必要上夜間離着陸訓練が不可欠で、たといどれ程昼間の訓練を積んだとしても、夜間着艦の技能は養成されないといわれており、NLPの必要性はこの昼と夜の違いにあるとされているのである。

(二) NLPの実施状況

〈証拠〉によれば、昭和五六年以降昭和五九年までの空母ミッドウェーの横須賀入港の時期、回数、日数、一回あたりの平均滞在日数等は別表九、一〇のとおりである(別表一〇は、昭和四八年以降のものである。)。これによれば、右各年度の入港日数は、昭和五六年一五〇日、同五七年一八〇日、同五八年一四六日、同五九年一二五日であつて、四年間のうち、一年平均は一五〇日、年間総日数の四一パーセントにあたることが認められる。NLPは、この期間内の午後六時頃から同一〇時の間に実施されるわけであるが、右期間中であつても、常に実施されているのではない。すなわち、前掲証拠によれば、昭和五七年一二月以降、米軍は、その実施について大和市当局まで事前通告をするようになつているが、通告日であつても実施されない日もあり、通告期間内であつても現実にNLPが実施されたとはいえないことは原告らの主張するとおりである。したがつて、この期間、現実にNLPが実施された日を正確に把握することは困難であるが、原告らの主張によれば、これが実施されたのは、昭和五七年中に約七三日間、同五八年中に約七四日間、同五九年中に約四七日間であつて、年間の平均は約六五日間となるようである。この点につき、被告は、ミッドウェーの入港は年間平均約一五〇日、NLPが実施されるのはその三分の一の五〇日程度であると主張している。ところで、〈証拠〉によれば、例えば、昭和五九年七月一七日から八月二五日までの三三日の通告期間について、八月一四日から二三日までの一〇日間は実施されていないし、七月二〇日(金曜日)の一八時から二二時までの時間帯には一回、八月四日と一一日(各土曜日)は各四回の測定回数が記録されているに止まるから、これらの日にNLPが実施されたといえるかどうか疑問であり、同様のことは、昭和五九年一〇月一日から一三日までの一二日間についてみても、一〇月一日はなく、六日(土曜日)八回、一〇日(水曜日)一回、一二日(金曜日)三回の測定回数が記録されているにすぎないから、これらの日にもNLPが実施されたとは認めがたい。そして、これらの日を除けば、同五九年七月一七日から八月二五日までの三三日の通告期間中、現実にNLPが実施されたのは二一日間程度であり(原告ら主張の別表(一三)はこれに符合する。)、同年一〇月二日か

第四表 1日平均測定回数(月生田宅)

昭和56年

昭和57年

測定回数

1日平均

測定回数

最高音

(ホン)

実測日数

測定回数

1日平均

測定回数

最高音

(ホン)

実測日数

426

35.5

110

12

1,296

41.8

104

31

-

-

-

-

1,615

57.7

104

28

-

-

-

-

2,182

70.4

106

31

275

27.5

107

10

1,841

61.4

109

30

735

23.7

104

31

690

22.3

105

31

1,300

43.3

106

30

995

33.2

104

30

879

28.4

105

31

1,776

63.4

109

28

997

32.2

107

31

886

31.6

105

28

415

18.9

104

22

938

40.8

104

23

10

2,022

65.2

105

31

884

28.5

105

31

11

949

31.6

104

30

700

24.1

105

29

12

773

24.9

106

31

767

58.9

104

30

8,771

33.9

110

259

15,570

44.5

109

350

(注)S56.2.3月は欠測

昭和58年

昭和59年

測定回数

1日平均

測定回数

最高音

(ホン)

実測日数

測定回数

1日平均

測定回数

最高音

(ホン)

実測日数

1,712

55.2

113

31

847

27.3

107

31

1,433

51.2

114

28

799

27.6

105

29

941

30.4

101

31

1,245

40.2

109

31

943

31.4

105

30

1,396

46.5

104

30

2,024

65.3

109

31

1,480

47.7

107

31

631

23.4

104

27

1,397

46.6

108

30

675

21.8

103

31

3,132

101.0

110

31

831

26.8

104

31

2,873

92.7

107

31

1,086

36.2

112

30

1,360

45.3

105

30

10

2,612

104.5

109

25

2,690

86.8

109

31

11

553

34.6

102

16

1,134

37.8

102

30

12

2,335

75.3

109

31

1,954

63.0

113

31

15,776

46.1

114

342

20,307

55.5

113

366

第五表 音量別測定回数(野沢宅)

音量

(ホン)

昭和56年

昭和57年

昭和58年

昭和59年

測定回数

比率

測定回数

比率

測定回数

比率

測定回数

比率

70~79

6,196

29.3

6,332

22.8

6,987

22.7

8,303

24.1

80~89

9,611

45.5

14,129

51.0

17,040

55.4

19,472

56.6

90~99

3,632

17.2

5,102

18.4

4,669

15.2

4,882

14.2

100以上

1,687

8.0

2,174

7.8

2,074

6.7

1,738

5.1

21,126

100.0

27,737

100.0

30,770

100.0

34,395

100.0

第六表 音量別測定回数(吉見宅)

音量

(ホン)

昭和56年

昭和57年

昭和58年

昭和59年

測定回数

比率

測定回数

比率

測定回数

比率

測定回数

比率

70~79

1,398

14.7

2,686

19.4

3,131

19.9

3,705

21.2

80~89

4,810

50.5

7,240

52.1

8,704

55.3

10,364

59.3

90~99

2,152

22.6

2,609

18.8

2,520

16.0

2,331

13.3

100以上

1,156

12.2

1,343

9.7

1,381

8.8

1,073

6.2

9,516

100.0

13,878

100.0

15,736

100.0

17,473

100.0

第七表 音量別測定回数(林間小学校)

音量

(ホン)

昭和56年

昭和57年

昭和58年

昭和59年

測定回数

比率

測定回数

比率

測定回数

比率

測定回数

比率

70~79

1,514

20.2

2,209

23.6

3,114

29.8

3,487

30.7

80~89

3,487

46.5

4,442

47.4

4,890

46.7

5,634

49.5

90~99

1,599

21.3

1,758

18.8

1,740

16.6

1,435

12.6

100以上

896

12.0

959

10.2

725

6.9

819

7.2

7,496

100.0

9,368

100.0

10,469

100.0

11,375

100.0

第八表 音量別測定回数(月生田宅)

音量

(ホン)

昭和56年

昭和57年

昭和58年

昭和59年

測定回数

比率

測定回数

比率

測定回数

比率

測定回数

比率

70~79

3,559

40.6

4,905

31.5

4,671

29.6

9,477

46.6

80~89

3,715

42.3

7,859

50.5

8,659

54.9

7,897

38.9

90~99

1,193

13.6

2,043

13.1

1,848

11.7

2,408

11.9

100以上

304

3.5

763

4.9

598

3.8

525

2.6

8,771

100.0

15,570

100.0

15,776

100.0

20,307

100.0

(注)昭和56年2、3月は欠測

第九表 空母ミッドウェーの出入港一覧表

回数

入港

出港

入港

日数

備考

61

55.12.20

56.1.5

17

62

56.1.13

2.4

23

63

2.13

2.23

11

2.16艦長カーマイケル大佐から

オーエンズ大佐に交代

64

6.5

6.26

22

65

7.16

8.6

22

66

8.13

9.2

21

67

10.6

10.29

24

68

10.31

11.1

2

故障

69

11.23

12.3

11

70

12.23

57.3.8

76

71

57.4.5

4.26

22

72

6.18

7.27

40

73

8.19

9.14

27

8.21艦長オーエンズ大佐から

マグレイル大佐に交代

74

9.17

9.17

1

艦載機故障

75

12.10

12.10

1

ファミリークルーズ

76

12.10

58.1.12

34

77

58.2.4

2.25

22

78

5.9

6.2

25

79

8.13

8.13

1

ファミリークルーズ

80

8.13

10.15

64

81

10.16

10.17

2

82

10.24

10.25

2

83

12.11

12.28

18

84

59.5.23

59.6.4

13

1.31艦長マグレイル大佐から

コーバー大佐に交代

85

6.13

8.15

64

86

9.5

9.13

9

87

9.28

9.29

2

ファミリークルーズ

88

9.29

10.15

17

12.10

12.12

3

原子力空母カール・ビンソン

89

12.12

60.2.1

52

ら一三日までの一二日間については八日間程度となる。ところで、〈証拠〉によれば、参議院内閣委員会における被告当局者の説明では昭和五七年から五九年五月頃までの間、NLPの実施日数は一四五日間であるとされているので、これらの点からすれば、昭和五九年までの三年間におけるNLPの一年平均の実施日数は、約五八日程度であつたと認めるのが相当である。

原告ら当審主張の前記別表(一二)は野沢宅における昭和五九年七、八月、昭和五七年七月、昭和五八年五月の各NLP実施期間の騒音発生状況(七〇dB(A)以上)を示すものであり、同別表(一三)は昭和五九年七月一七日から八月二五日迄の間NLPが実施された二一日の騒音発生状況(前同)を野沢宅、市立林間小学校、月生田宅について示したものである。また、〈証拠〉によつて認められる昭和五九年七月一七日から八月二五日まで、同年九月一〇日、一一日、同年一〇月二日から一三日までの各通告期間中におけるNLP実施による野沢宅における騒音の発生状況(前同)は、別表一一のとおりである。

これらの表によると、NLPが実施される日は、午後六時頃から一〇時までの実施時間帯はもとより、その他の時間帯においても比較的飛行回数が多く、訓練が集中して行われることが看取でき、野沢宅では昭和五九年七、八月のNLP実施期間で一日三〇〇回以上を記録した日が四日もあり、持続時間が一時間を超える日は一三日、最も長時間の日は一時間四七分余(八月一〇日)に及んでいることが認められる。また、原告ら当審主張の前記別表(一三)によれば、この二一日の間、七〇dB(A)以上の一日平均の測定回数は、野沢宅で二三四回、林間小学校で七二回、月生田宅で一四五回となつていて、回数において前記の年間平均を大幅に上廻つているが、このうち九〇dB(A)以上がそれぞれ七六回(三二パーセント)、三〇回(四二パーセント)、三八回(二六パーセント)であつて、騒音レベルにおいても年間平均(別表五、七、八参照)に比し高くなつていることが認められる。

なお、〈証拠〉によれば、昭和五九年九月一日から一〇月一三日までの全日にわたり、別表一二記載のとおり、前記四地点において七〇dB(A)以上九〇dB(A)未満と、九〇dB(A)以上の騒音がそれぞれ測定されたことが認められる。この間、前記のとおり、九月二八日には空母ミッドウェーの横須賀入港があり、また、一〇月一日から一三日まではNLPの実施通告期間にあたるので、これによれば、ミッドウェーが入港していないとき、その入港中(その二、三日前後を含む。)、そしてNLPの実施中における本件飛行場周辺の騒音発生状態を具体的に知ることができる。すなわち、九月一四日から二四日頃までがミッドウェーの入港に関係しない本件飛行場周辺における平素の騒音状況、同月二五日の入港三日位前から一〇月一三日までが入港中のもの、そして一〇月一日以降一三日までがNLP実施中の最も騒音が激化する時期における状態の一例とみて差支えないものと思われる。

しかして〈証拠〉によれば、大和市のみならず、本件飛行場周辺の綾瀬市、藤沢市、海老名市、座間市、相模原市等における測定地点における七〇dB(A)以上の航空機騒音の測定回数は原告らの当審主張別表(一一)のとおり昭和五七年以降増加傾向を記録していることが認められ、NLPによる航空機騒音の影響の地域的拡大を示すものと思われる。

右のようにNLPは午後六時頃から一〇時にかけて集中的に行われ、この時間帯は家庭の夕食、団らん、休養時に当るので、住民の苦情も特に多く、周辺自治体も米軍や被告の関係機関等に対し、その中止を求める要請行動を繰返していることが認められる(〈証拠〉)。

4  当裁判所の検証

当裁判所の前後三回の現場検証のうち、第一回と第三回とはNLPの実情把握と住宅防音工事の効果を知るために、特にNLPの実施通告がされているときを選んで実施したものである。右二回の検証時にはNLPが実施中であり、本件飛行場周辺は、場所によつてかなり強大な航空機騒音が測定され、特に第一回検証における騒音には激甚なものがあつたが、これらの測定結果は、右各検証調書末尾に添付してある測定結果表記載のとおりである。以下これについて略述する。

(一) 昭和五八年一〇月一三日の第一回検証は、大和市上草柳四〇〇―一、緑の広場二一号(滑走路北端延長線上一六〇〇メートルの地点)において、午後五時から七時までの間、主としてほぼ真上を通過して着陸するジェット機等の航空機騒音を検分、測定することによつて実施されたが、その総測定回数は六二回、うち七〇dB(A)台が七回(一一パーセント)、八〇dB(A)台が一三回(二一パーセント)、九〇dB(A)台が一八回(二九パーセント)、一〇〇dB(A)以上が二四回(三九パーセント)であつて、一〇〇dB(A)以上の騒音が相当多く測定された。これは、右測定地点がかなり広い空地(広場)で、樹木、建造物等の遮蔽物がなく、直接騒音に暴露される状況にあるのがその一因かと推測されるが、この際のジェット機騒音は、鋭い金属音であり、その音量は強大かつ威圧的であつて、高度七〇〇ないし八〇〇メートルで飛来したときには、瞬間的ながら、明らかな会話妨害が認められた。

(二) 昭和六〇年五月一〇日の第三回検証は、午後四時四〇分から八時三〇分頃まで、本件飛行場の南部、東北部、北部等四か所の地点で行われたが、三か所は、住宅防音工事が施行された民家の屋内と屋外で各騒音状態を検分し、騒音レベルを測定した。このうち①午後五時から約四五分間施行した大和市福田三九七二―一一九神田宅では屋外七〇dB(A)以上の騒音が八回、このうち屋内で測定されたものは三回、屋外最高音九八dB(A)は屋内で七〇dB(A)に減音され、遮音効果は二六ないし二八dB(A)であつた。②同日午後六時頃から約四〇分間、同中央五―九―三〇渡部宅では、屋外八〇dB(A)台が一三回、九〇dB(A)台が六回測定されたが(最高音は九二dB(A))、屋内における遮音効果は二四ないし三一dB(A)であり、屋内の最高音は六四dB(A)である。③同日午後七時四五分から約二五分間、同市西鶴間四―九―五古屋宅二階では、屋外八〇dB(A)台が三回、九〇dB(A)台が九回、最高音一〇一dB(A)一回、合計一三回の騒音が測定されたが、屋内の遮音効果は二三ないし二九dB(A)で、屋外一〇一dB(A)は、屋内七二dB(A)であつた。同家の測定場所は二階であつたため、遮音効果は前二か所(いずれも一階)と比較して若干落ちるものと思われる。以上のとおり、同日もNLPが実施中で相当多い飛行量であつたが、右三か所の防音工事を施行した屋内においては、騒音が耳ざわりを覚えることや会話妨害になるなどはなく、日常生活に差し支えとなるような障害は認められなかつた。

(三) なお、昭和五九年四月一六日の第二回検証では、午後一時一五分から約三時間半にわたつて、本件飛行場の南東部、北部等四か所を検分したが、同日はミッドウェー入港中ではなく、航空機騒音は殆んど感得できず静穏であつた。同日のような状況がミッドウェー出港中における本件飛行場周辺の常態であると

第十表 年間入港回数及び入港日数

48

49

50

51

52

53

54

55

56

57

58

59

事項

入港回数

3

14

10

9

6

9

4

6

9

6

7

6

入港日数

52

172

147

156

171

173

121

150

150

180

146

125

1回当りの

平均入港日数

17.3

12.3

14.7

17.3

28.5

19.2

30.3

25.0

16.7

30.0

20.0

20.8

第十一表

夜間離着陸訓練(昭和59年)の実施状況(野沢宅)

年月日

曜日

訓練の通告時間(18~22時)

1日の回数等

最高音

測定回数

最高音

測定回数

ホン

ホン

59.7.17

108

97

108

238

7.18

110

88

112

227

7.19

116

36

116

185

7.20

82

1

101

95

7.23

118

75

118

192

7.24

111

157

111

324

7.25

103

171

112

310

7.26

109

146

109

271

7.27

108

133

116

208

7.30

103

103

112

197

7.31

104

139

114

280

8.1

113

141

113

246

8.2

104

107

114

233

8.3

99

18

107

145

8.4

88

6

103

110

8.6

116

166

116

250

59.8.7

112

142

112

282

8.8

107

132

108

218

8.9

106

184

115

328

8.10

108

214

108

335

8.11

87

4

103

67

8.13

108

154

108

273

8.14日~23日までの10日間、訓練が中止されたため除く。

8.24

86

12

112

117

8.25

94

26

111

58

59.9.10

98

78

110

168

9.11

103

52

110

109

59.10.2

103

97

112

248

10.3

107

25

107

228

10.4

111

28

112

210

10.5

107

93

113

317

10.6

94

8

109

136

10.8

97

33

114

177

10.9

110

64

113

244

10.10

82

1

113

62

10.11

112

69

113

216

10.12

105

3

116

55

10.13

111

62

118

176

(注)通告はなかったが、訓練が中止されたと思われる日もある。

第十二表 1.野沢宅

(○印は日祭日)

日付

9/14

15

17

18

19

20

21

22

24

25

26

27

28

項目

70ホン以上90ホン

未満の測定回数

34

20

9

118

81

17

84

29

80

18

19

142

120

131

226

90ホン以上の

測定回数

3

11

3

17

11

7

16

10

7

-

2

9

10

12

20

合計

37

31

12

135

92

24

100

39

80

18

21

151

130

143

246

日付

29

10/1

2

3

5

6

8

9

11

12

13

項目

70ホン以上90ホン

未満の測定回数

74

5

265

185

179

161

234

124

151

193

34

174

33

126

90ホン以上の

測定回数

27

5

10

63

49

49

83

12

-

26

51

28

42

22

50

合計

101

10

275

248

228

210

317

136

177

244

62

216

55

176

2.吉見宅

日付

9/14

15

17

18

19

20

21

22

24

25

26

27

28

項目

70ホン以上90ホン

未満の測定回数

10

11

3

17

17

6

17

12

7

6

6

38

19

30

26

90ホン以上の

測定回数

2

6

-

-

2

1

-

1

-

1

-

2

1

2

3

合計

12

17

3

17

19

7

17

13

7

7

6

40

20

32

29

日付

29

10/1

2

3

4

5

6

8

9

11

12

13

項目

70ホン以上90ホン

未満の測定回数

33

6

43

65

108

69

104

35

2

51

116

37

106

14

87

90ホン以上の

測定回数

-

3

-

24

37

26

39

2

-

43

35

18

65

11

37

合計

33

9

43

89

145

95

143

37

2

94

151

55

171

25

124

3.林間小学校

日付

9/14

15

17

18

19

20

21

22

24

25

26

27

28

項目

70ホン以上90ホン

未満の測定回数

25

10

6

18

32

13

27

19

16

3

9

62

36

47

74

90ホン以上の

測定回数

2

6

1

5

6

4

5

5

4

-

-

3

1

8

7

合計

27

16

7

23

38

17

32

24

20

3

9

65

37

55

81

日付

29

10/1

2

3

4

5

6

8

9

11

12

13

項目

70ホン以上90ホン

未満の測定回数

11

3

71

78

81

28

51

22

2

24

28

7

43

14

13

90ホン以上の

測定回数

8

2

3

43

14

18

31

4

-

6

22

15

17

8

14

合計

19

5

74

121

95

46

82

26

2

30

50

22

60

22

27

4.月生田宅

日付

9/14

15

17

18

19

20

21

22

24

25

26

27

28

項目

70ホン以上90ホン

未満の測定回数

20

21

13

23

38

26

37

19

20

8

12

88

38

82

154

90ホン以上の

測定回数

2

4

1

1

2

-

3

1

-

1

3

5

1

6

10

合計

22

25

14

24

40

26

40

20

20

9

15

93

39

88

164

日付

29

10/1

2

3

4

5

6

8

9

11

12

13

項目

70ホン以上90ホン

未満の測定回数

36

11

129

120

194

138

130

45

2

119

202

74

194

47

124

90ホン以上の

測定回数

5

5

4

19

34

15

29

1

-

35

18

20

76

15

3

合計

41

16

133

139

228

153

159

46

2

154

220

94

270

62

127

までは認められないが、出港中には時によりこのような静穏な日も存在するものと理解される。

5  騒音コンター

当事者間に争いのない事実、〈証拠〉によれば、以下の事実が認められる。被告は、住宅防音工事の助成施策を拡大して実施するために昭和五六年一二月二一日総理府令第四九号により生活環境整備法四条による第一種区域の基準たるWECPNL値が「八〇」から「七五」に改正されたのに伴い、昭和五九年五月三一日同法四条ないし六条の規定に基づき、本件飛行場に係る第一種区域、第二種区域(WECPNL値で九〇以上)の追加指定、第三種区域(WECPNL値で九五以上)の指定を行い、これを告示した(防衛施設庁告示第九号)。右告示に当つては、昭和五七年二月以降実施されているNLPによる影響をふまえて全面的な騒音調査が実施され、右調査結果に基づいてWECPNL値により騒音コンターを作成した上で、区域指定がなされたのである。右騒音コンター、区域は被告当審主張第2図に示すとおりであり、それによれば、第二種区域は昭和五六年一〇月三一日の告示に比しかなりの程度拡大し、北側において昭和五四年九月五日告示にかかる第一種区域(WECPNL値で八五以上)の相当部分を取り込んでおり、また初めて第三種区域の指定がなされている等、騒音量の増加を示すものといえる。以上及び前認定の告示区域、騒音コンターと原告らの居住位置との関係は、原告ら当審主張別表(二〇)、原判決添付別冊第三図、被告の当審主張第2図のとおりである。

四まとめ

現在、本件飛行場周辺における騒音の発生状況については、前記のとおり、その飛行するジェット機の殆んどが横須賀を母港とする空母ミッドウェーの鑑載機であるから、同空母の横須賀入港の前後二、三日及びその入港中に、特に集中的に増加するのであるが、それ以外の時期における騒音量は必ずしも常に強大ということはできず、比較的静穏な日もあるという顕著な特色を有するほか、以下の諸点を留意しておく必要がある。

(一)  一般に、航空機騒音の影響は、航空機の機種、滑走路からの距離、飛行径路、高度、離着陸の別、発着回数、飛行時間等で大きく異るものと考えられる。これを本件各測定地点についてみると、滑走路北端から北に約一キロメートル、飛行径路の真下にあたる野沢宅では騒音の影響を最も強く受けやすい場所であるといえるが、その影響は、滑走路北端から北二・二キロメートルの吉見宅では相当程度緩和され、同じく北三キロメートルの林間小学校ではより一層緩和されているのである。また、滑走路南端から南東約五〇〇メートルの至近距離にありながら、飛行径路から僅かに東に位置する月生田宅でも、それなりに緩和された騒音の影響を受けているが、この傾向は、飛行場転移表面から東に三〇〇メートルの尾崎宅ではより顕著であつて、同所は本件飛行場から最も近い測定地点であるにも拘らず、飛行による騒音の影響は前記各測定地点中で最も少ないことが知られるのである。

このように、航空機騒音の周辺住民に及ぼす影響は、各所在地によつてかなりの程度異るものがあるから、ある特定の一地点における騒音量と同程度のものが、当該地域の全域にわたつて一般的に及んでいるものと速断することはできない。

(二)  また、原告らの主張にかかる航空機騒音の発生は、すべて屋外での測定にかかるものである。屋内においては、家屋の遮音効果によりその影響は当然のことながら相当程度緩和される。すなわち、防音工事をしてない通常の日本家屋でも、約一〇ないし二〇dB(A)程度、防音工事をなした屋内ではほぼ二五dB(A)程度、鉄筋コンクリート造りの第一級防音工事を施行した家屋内では三五dB(A)程度のそれぞれ遮音効果があることは、原審及び当審の現場検証の結果からも明らかである。

例えば、原審における昭和五四年八月一五日第一回検証の原告59月生田宅において、屋外八七dB(A)の騒音が、窓を開放した屋内では七二dB(A)に、同五五年二月二〇日第二回検証の原告21真屋宅で、屋外七〇dB(A)が屋内五〇dB(A)に、同年一二月二二日第三回検証の原告50浜崎宅で屋外九〇dB(A)が屋内七〇dB(A)に、それぞれ減音されている(当時、これら三家屋はいずれも防音工事をしていない。)ことが認められるほか、右原審第二回検証で、防音工事を施行した瀬角宅では、屋外八六dB(A)が屋内五六dB(A)に、第一級の防音工事を施行してある上草柳学習供用施設では、屋外七〇ないし七四dB(A)の三回の騒音は、屋内ではいずれも測定不能であつた。その他、住宅防音工事の効果については、前記当審第三回検証の結果からも明らかである。

したがつて、本件騒音による侵害行為の程度について判断するにあたつては、右建物の遮音効果について当然考慮されなければならない。

(三)  昭和五二年頃以降の傾向では、前記記録された騒音のうち、全体の約七〇パーセントないし八〇パーセント程度のものは七〇dB(A)以上八九dB(A)以下のものであり、また全期間を通じ、真に激甚な騒音ともいうべき一〇〇dB(A)以上のものが全体に占める割合は比較的僅少である。すなわち、〈証拠〉によれば、これら激甚な騒音は、昭和四七年ないし昭和五一年の間に、野沢宅で約一〇・五パーセント、月生田宅で約五・二五パーセント(但し、昭和四九年を除く)、尾崎宅で一・三八パーセント程度のものが測定されているに止まることが認められる。また、前記別表五ないし八によれば、昭和五六年から五九年の間においては、この比率は更に減少している。原審における前記三回の検証でも、屋外で一〇〇dB(A)以上の数値が測定されたのは、第三回の市村宅での一回(ファントム4、一〇一dB(A))だけであり、この場合も、防音工事を施工した同人方屋内では七〇dB(A)に減音されているのである。もつとも、NLP実施中には、一般的に高い騒音レベルが測定されることは前記当審における検証の結果(一、三回)からも明らかであるが、第三回検証で屋外一〇〇dB(A)をこえたのは古屋宅で一回だけ(EA6、一〇一dB(A))である。したがつて、本件航空機騒音の原告らに対する侵害行為の程度を判断するにあたつては、単に記録された回数とその中での最高音のレベルだけを検討するのでは不十分であつて、その実態を正しく把握するためには、発生した騒音レベルの内容に立ち入り、どの程度の騒音がどれだけ発生し、その持続時間は如何程であつたかを、全体的、具体的に吟味してみる必要がある。

(四)  本件では、大阪国際空港訴訟事件において、各当事者から提出された数多くの証拠が書証として提出されている。このことに鑑み、以下、同空港の右事件当時における騒音量(飛行回数)、飛行場の規模、ジェット機の割合等につき、本件飛行場の場合と対比しつつその異同を検討しておくこととする。なお、同事件の一審(大阪地方裁判所昭和四四年(ワ)第七〇七七号、昭和四六年(ワ)第二四九九号、第五六六九号、昭和四九年二月二七日判決言渡)、二審(大阪高裁判所昭和四九年(ネ)第四五三号、第四七三号、昭和五〇年(ネ)第七二四号、第七六〇号、第八六〇号、昭和五〇年一一月二七日判決言渡)各判決の内容は、当裁判所に顕著である。

(1) 離着陸回数

大阪国際空港については、右判決が認定する航空機の離着陸回数は、次のとおりである(一審判決理由第二、一、1及び別紙三)

年(昭和)

航空機発着回数

ジェット機(内数)

回数

パーセント

三九年

七二、八一八

一、五四〇

2.1

四〇年

八一、〇六六

一二、七七八

15.8

四一年

八六、九六四

二六、七四六

30.8

四二年

九四、五二〇

三四、七〇二

36.7

四三年

一〇七、三八四

三九、九〇〇

37.2

四四年

一二六、二二六

四九、二九四

39.1

四五年

一五〇、七三〇

六七、七一四

44.9

四六年

一五七、二一二

八二、五二四

52.5

四七年

一五二、六七四

八九、九六四

58.9

また、その後の離着陸の機数について、同二審判決は、次のとおり認定している。

年月

離着陸回数(一日)

ジェット機(内数)

昭和四九年九月

三八四回

二三二回

昭和五〇年五月

三五三回

二二七回

更に、月間の発着実績数の一日平均については、「昭和四八年五月に四一二機、昭和四九年三月に四〇五機であつたが、同年四月から一二月まではすべて四〇〇機未満で、最も少ないときは三八六機であつたことが認められ、更に、基本ダイヤにおける総発着回数の一日平均は昭和五〇年二月に三八九回(うちジェット機二三五回)、同年三月に三七七回(二三五回)、同年四月に三七三回(二三一回)であることが認められる。」と判断している。

本件飛行場について、離着陸する航空機の回数を直接明らかにした証拠はないが、前記のとおり、滑走路のほぼ中心線上の地点における七〇ホン以上の騒音の測定結果がある。

すなわち、前認定によると、滑走路北端より約一〇〇〇メートルの野沢宅、南端より約五〇〇メートルの月生田宅における七〇ホン以上の測定回数は次のとおりである。

年(昭和)

野沢宅

月生田宅

合計

四七年

一二、二〇一回

一二、〇八七回

二四、二八八回

四八年

九、九〇四回

一二、二五七回

二二、一六一回

四九年

一一、六一三回

一〇、六五六回

二二、二六九回

五〇年

一五、二六二回

一四、五〇三回

二九、七六五回

五一年

一四、六二一回

一六、五二七回

三一、一四八回

五二年

一一、五七五回

一〇、二六〇回

二一、八三五回

五三年

一六、一一五回

一一、三五七回

二七、四七二回

五六年

二一、一二六回

八、七七一回

二九、八九七回

五七年

二七、七三七回

一五、五七〇回

四三、三〇七回

五八年

三〇、七七〇回

一五、七七六回

四六、五四六回

五九年

三四、三九五回

二〇、三〇七回

五四、七〇二回

航空機の離着陸は、右各地点のいずれかに影響すると考えられるので、本件飛行場において、周辺に影響を及ぼす飛行回数は、両地点の各測定回数の合計で把握される。

また、大阪国際空港における資料は、離着陸回数であるが、同空港は、旅客機の離着陸する空港であつて、その大部分が離着陸時には、七〇ホン以上の騒音を発していたようである。

そこで、本件飛行場と大阪国際空港の周辺住民に影響を及ぼす航空機の飛行回数については、前記の大阪国際空港の離着陸回数と本件飛行場の前記各地点の合計測定回数を対比することによつて、大要を把握できる。

右の回数を対比してみると、大阪国際空港における航空機の最大の離着陸回数(昭和四六年)は、本件飛行場における昭和五一年の五倍強、昭和五九年の約二・八倍になつていることが認められる。

更に、本件飛行場の一日における平均の測定回数は、前認定のとおりであるが、本件飛行場の性質上、日時によつて大きな変動がある。そして、原告らが騒音量がNLPの実施で激化したという昭和五七年には前記両地点を合計して一二一回、昭和五八年には一三〇回、昭和五九年には一五〇回であつて、前記大阪国際空港の毎日の基本ダイヤの半分以下であることが認められるのである。

(2) 飛行場の規模

飛行場の周辺への影響は、飛行場の規模に関係する。同一の航空機による同一の飛行回数であれば、当然のことながら、飛行場の規模が大きいほど周辺への影響は少ない。この意味で大阪国際空港と本件飛行場を対比してみると、大阪国際空港は、昭和四五年一月二四日現在において、総面積三〇四万三六〇〇平方メートル、A滑走路は全長一八二八メートル、幅員四五メートル、B滑走路は全長三〇〇〇メートル、幅員六〇メートル、誘導路延長四四五五メートル、エプロン面積三二万一二三七平方メートルである(一審判決理由第一、二)。

他方、〈証拠〉によれば、本件飛行場は、総面積約五一〇万四〇〇〇平方メートル、滑走路の長さ二四三八メートル、幅員四五メートル、誘導路の長さ六七六四メートル、エプロン面積一五万二六八〇平方メートル(米軍専用区域を除く。)であることが認められる。

右のように、本件飛行場は、大阪国際空港の約一・六八倍の面積があり、滑走路は、飛行場のほぼ中央に一本あるのみである。したがつて、本件飛行場においては、一方に離着陸する際の騒音が反対の地域に影響することはほとんどないものと思われる。

(3) ジェット機の割合

一般的に、ジェット機は、プロペラ機より、音響ピークレベルが高く、周辺への影響が大きい。大阪国際空港を離着陸する航空機のうち、ジェット機の占める回数、割合は、前記(1)の表のとおり、昭和四七年では五八・九パーセントであり、その回数は八万九九六四回である。これのみで本件飛行場における昭和五九年の七〇ホン以上の総回数を上回つている。しかも、本件飛行場を離着陸する航空機のうち、自衛隊のものは、すべてプロペラ機ないしヘリコプター機である。原審証人西田寿快の証言にあるとおり、昭和五五年一月一六日の右証言当時は、本件飛行場において、ジェット機の離着陸する割合は、航空機全体の約一二パーセントであることが認められる。

(4) 以上のとおり、大阪国際空港と本件飛行場とを比べてみると、その周辺に及ぼす影響には相当の差があると思われる。大阪国際空港における判決及び各種の調査も、右に述べた同空港の実情を前提とするものであることを留意する必要がある。

第五  被害

一原告らの本件損害賠償の請求は、前記被告の侵害行為によつて、原告らの環境権と人格権が侵害され、様々な健康被害、生活妨害、睡眠妨害及び情緒的被害等の被害を受けたが、これらの被害のうち、原告ら全員が等しく被つた最小限度の被害を、原告ら各自に共通する被害とみて、固有の慰藉料としての損害賠償を請求するというのであり、その立証として、厖大な証拠(主として書証)を提出するのであるが、これらの証拠のうち、原告らが各自の立場において、それぞれ受けた固有の損害を立証するものとしては、僅かに若干の原告についての当事者本人尋問の結果の他は、大多数の原告についての陳述書(甲第三〇〇号証、第六〇〇号証)と若干の原告らについての被害調査カード(以下、本件陳述書等という。)を提出するだけである。中には、この陳述書の提出さえしていない原告も存在する。その意味では、原告らの訴訟活動は、原告ら各自の慰藉料を請求する本訴の性格からすれば、騒音の一般的影響について詳細を極める反面、各原告らが被つたとされる具体的被害の点では極めて不十分であるといわざるを得ない。例えば、身体的被害として主張する最も重要な難聴の問題ひとつについてみても、現に難聴になつている者は原告らのうちの誰であり、その内容と程度とはどのようなものであるのか、という具体的な点になると、何らの主張はないか、極めて曖昧であり、その立証としては、前記陳述書の形式による書証が主要なものである。右原告らの請求の態様と立証の方法の特徴は、①侵害を受けた権利としての環境権と人格権の問題、②被害の主張としてのいわゆる「共通被害」の問題、及び③固有損害の立証方法としての陳述書等の問題という三点に要約できるように思われる。

そこで、先ず本件被害の具体的認定に入る前に、右の三点についてあらかじめ検討しておくとともに、原告らが当審で新たに財団法人労働科学研究所の「厚木基地周辺実態調査研究」(甲第三七〇号証)を提出しているので、これに触れておくこととする。

1  環境権及び人格権について

原告らは、本件損害賠償請求における被害ないし被侵害利益の内容は、環境権及び人格権の侵害であるとし、これらの権利は、絶対的保障を確保されるべき優越的利益をその内容とするから、右各権利が侵害された場合には、直ちに損害賠償を認めるべきであると主張する。

しかしながら、原告らの主張する如き環境権及び人格権については、事定法上その規定がなく、とりわけ私法上の権利としてのいわゆる環境権は、その成立、存続、消滅等の要件や、その効力等、およそ権利としての基本的属性が曖昧であるばかりか、右権利の対象となる環境の範囲、すなわち環境を構成する内容、性質、地域的範囲等も不明であり、如何なる場合にその侵害がありというべきか、権利者の範囲等も明瞭でない。また、包括的権利としてのいわゆる人格権も、その内容、権利としての枠組みや外延、これが私法秩序の中に占める位置等も明確さを欠き、その権利としての資格にはなお疑問の余地がある。原告らは、憲法一三条、二五条の規定をこれらの権利成立の根拠として主張するが、右の各規定は、いずれも国の国民一般に対する責務を宣言した綱領的規定と解すべきであり、その趣旨は、国の施策として、立法、行政の上に反映されるべきであるけれども、これによつて、直接に、国民各自について侵害者に対し具体的な請求権が認められているわけではない。また、人間が社会共同生活を円滑に維持遂行してゆくためには、原告らの主張するような侵害に対して絶対的保障を確保されるべき優越的権利の存在を認めるのは相当ではなく、具体的事件の処理において違法性の存否を判断するにあたつては、当該事案のもつ諸事情を総合した利益考量が不可欠であることは、後に違法性の判断において説示するとおりである。

ところで、本件において、原告らがその被侵害利益の内容として環境権及び人格権を主張する実質的理由は、主として航空機の運行差止を請求する関係からであると考えられるが、国家賠償ないし不法行為を理由とする損害賠償の請求をするにあたつては、法律上保護されるべき利益が違法に侵害されたことを主張すれば足り、あえてこれを何らかの「権利侵害」として構成する必要はない。現に、本件において、原告らはさまざまな人格権的利益の侵害を具体的に主張しているのであるから、損害賠償請求としてはこれで十分であり、その判断にあたつて、右の説示以上に、これらの権利性の存否を論ずる必要はないというべきである。

2  「共通被害」について

原告らは、本件侵害行為によつて賠償されるべき損害は、原告らが受けた一切の不利益、すなわち「直接の肉体的、精神的な苦痛及び社会的、家庭的、経済的一切の日常生活上の有形無形の損失、不利益をもたらす精神的苦痛、これらの苦痛及び身体的被害を避け、或いは回復するために要する努力、経済的損失、或いはこれら相互が複雑にからまりあい強化しあう中での被害すべてを包括する総体としての被害」のうち、「財産的損害とされる部分を除き、すべての原告らに共通して認められる非財産的損害」の「さらに一部を控え目に」主張して、その賠償を請求するというのである。

被告はこれを争い、「そのような『共通被害』は、原告らのすべてに妥当するものであることを要するのであるから、その被害の有無、程度を明らかにするためには、原告らの中で騒音等の影響が最も少ない者の条件を確定して、そこにおける被害の有無、程度が明らかにされなければならない。」また、「右条件のうち、最も重要なものは、飛行場からの距離等による騒音量の差異であるが、更に、居住地における実際の居住時間も重要な意味をもつ」旨主張している。

原告らは、右被告の抗争に応えて、「騒音等の影響が最も少ない者の条件を確定して、そこにおける被害の有無、程度を明らか」にすることをしてはいないし、前記のとおり、その「共通被害」として主張するところは甚だしく抽象的かつ概括的であつて、容易に理解し難い面があることは否定できない。しかし、原告らは、右主張の前提として、原告らの損害につき、(一)健康破壊(身体的被害の趣旨と解される)として、①難聴・耳鳴り ②頭痛・肩こり・目まい・疲労 ③高血圧・心臓の動悸 ④胃腸障害 ⑤生殖機能の障害 ⑥乳児・幼児・生徒への影響 ⑦療養の妨害を、(二)生活妨害として、①会話妨害 ②テレビ・ラジオの視聴妨害 ③趣味生活の妨害 ④家庭生活の破壊 ⑤交通事故の危険 ⑥学習・思考妨害 ⑦教育破壊 ⑧職業生活の妨害 ⑨振動・排気ガスによる被害を、その他、(三)睡眠妨害と(四)情緒的被害を、それぞれあげているので、これらのうち、何が「すべての原告に共通して認められる」被害であり、それがどのような程度のものであるかを、証拠に基づき具体的に検討する必要がある。

3  本件陳述書等について

本件は、各原告らの被告に対する国家賠償ないし不法行為を理由とする損害賠償の請求であり、また、原告ら主張の侵害行為の違法性が被告によつて強く争われている事案であるから、これらの点からすれば、各原告らがその主張する侵害行為によつて具体的にどのような被害を、如何なる期間、どの程度受けたかという個別的被害の内容、程度に関する主張、立証が極めて重要な意味をもつものである。蓋し、本件侵害行為とされるものは、直接的には自衛隊機及び米軍機の運航行為によるもので、いずれも法律及び条約に基づいて行われる本来適法な行為であり、この騒音加害が違法といえるか否かは、後述のとおり、加害行為の性質と被害の程度、加害行為の公共性、その他の事情との比較衡量によつて定まるものであつて、仮に特定の原告に深刻な被害が発生し、右行為がこの者との関係では受忍限度を超え、違法とされるからといつて、当然にその加害行為が一般的、客観的に違法性があるということになるものではなく、個々の被害者たる原告らに対しては、それぞれ受けている被害との関係で、相対的に違法性の有無が判断されなければならないからである。ところが、原告らは、前述のとおり、この点を「すべての原告らが共通して被つた最低限度の被害」に対する賠償を請求するとして、前記各被害を原告ら全員について極めて概括的に主張するに止まり、その個別的、具体的内容と程度とについては必ずしも明らかにはしていないのである。そうであるばかりでなく、これを立証する資料としては、原告ら作成の陳述書及び被害調査カード(甲第三〇〇号証の一ないし九三、甲第六〇〇号証の一ないし七七、但し、両者とも若干の欠番があるほか、すべての原告を網羅したものではない。)並びに若干名の原告らに対する本人尋問の結果(原審で一六名、当審で三名)を援用するのみであつて、例えば、その主張する各種の身体的被害について、個々の原告毎に、その具体的内容、程度、因果関係等を診断書、鑑定書等の客観的証拠によつて明確にすることはしていないのである。そして、これらの証拠のほか、原告らが提出する被害に関する証拠としては、本件飛行場周辺についての若干の一般的な調査結果(昭和四〇年になされた高橋悳の調査研究報告のほか、神奈川県や大和市等の自治体等が自ら又は委嘱によつてなした一般的調査報告書やアンケート類)と他の空港等についてなされた騒音の各種影響調査、研究結果(海外のものを含む)等であつて、本件各原告らに関する個別的具体的被害についてのものではないのである。

したがつて、前記各陳述書等や若干の原告本人尋問の結果(もつとも、この中にも、例えば原告鈴木保の原審及び当審における供述のように、その健康被害については全く言及しないものもある。)、とくに大部分の原告らについて存在する陳述書は、原告らの個別的被害認定上極めて重要な意義をもつ筈のものなのである。

ところで、元来訴訟当事者は、紛争の主体であつて、自己の利益のために訴訟を追行するものであるから、これを証拠方法として用いるのは補充的なものと考えられている(民訴法三三六条参照)。

そして、これを当事者本人尋問としてではなく、これらの者が作成する陳述書等の書証に転換したうえで証拠とするということになると、相手方の反対尋問をうけない関係上、その証拠価値は更に一層限定を受け、より慎重な検討を加えざるをえないものと解される。

以上の観点から本件各陳述書等について検討を加えると、その各成立は弁論の全趣旨から明らかであるが、その内容には必ずしも全面的には措信しがたいものを含むこともまた否定しがたいもののように思われる。すなわち、甲第三〇〇号証についていえば、原審における原告7小沢ユキ、同44山田よし子、同50浜崎重信の各供述によれば、右各陳述書は、原告らの所属する厚木基地爆音防止期成同盟の指示のもとに、各原告らにより作成され、同盟によつて回収されている(調査カードも同様である。)ことが認められるので、その記載内容については、同盟の方針が反映されているものと推認される。そこで次に、その内容について検討すると、原告らは、健康被害として難聴、耳鳴り、頭痛、肩こり、胃痛、高血圧等、様々な被害を訴えているところ、その原因を一様に本件航空機騒音によるものと断定している。しかし、例えば、騒音の直接的被害というべき聴力障害についてみても、その程度がどれ程であるのか、客観的に判定したという者は殆んどなく(同盟の書記長の地位にあり、右書証作成を指示し、その回収にもあたつた原告50浜崎の原審供述によれば、同人は、原告らのうち難聴や心臓障害について医学的診断を受けた者はきいていないという。)、その他についても、原告らの多くは主観的な意見を述べるばかりであつて、客観的な疾病ないし障害の状態について医師の診断を受けたという者は少ないし、前記のとおり診断書等の証拠を提出した者は全くいないのである。

また、住宅防音工事については、一室防音では効果がなく、かつ税金の無駄使いであるから応じないが、全室なら応じるという点や、土地購入にあたつての下見についても、圧倒的に多数の者が騒音のない休日等を選んだので、本件基地の存在を知らず、建築開始後又は入居後に、始めて騒音の暴露を受け、基地の存在に気付いたという点で原告らの述べるところは共通するのである。

ところが、実際には、住宅防音工事は騒音軽減上相当効果のあることは原審及び当審における検証の結果からも明らかであり、また、原告らの多くの者が土地購入にあたつて、基地の存在を知らなかつたという点も、経験則上容易に理解し難いものがある。例えば、原告1鈴木保(昭和四五年以降の同盟委員長)の原審供述やその作成にかかる陳述書についていえば、同人は昭和三〇年にその住所地の土地を購入したが、購入等にあたつて一〇回位現地に来たときには爆音はなかつた。同年一〇月一五日に同地に移転し、一月位して爆音に気付き、基地の存在を知つたというのであるが、同人は相模鉄道株式会社に勤務し、同会社労働組合の役員であつて、同鉄道の敷設してある本件地域一帯の事情には精通していたものと推認され、右土地は、もともと同会社の売出しにかかるものであつたというのであるから、比較的近距離にある本件飛行場の存在を知らなかつたというのはたやすく措信し難いというべきであろう。若し原告らの陳述書で述べるところがすべて真実であるとすれば、〈証拠〉によつて認められるような、地価事情や交通の利便の要因があるにせよ、大和市における特に昭和三五年以降の顕著な人口増加の状況(原判決別冊第四五表、被告当審主張第1図参照)や、例えば原告71永友輝美の原審供述によつて認められる本件飛行場周辺における地価上昇の事例(同人は、昭和四六年六月本件基地の北東約六〇〇メートルの地点にあたる下草柳に約五〇〇万円で土地建物を購入し、八年後にこれを約一五〇〇万円で売却して、昭和五四年六月に基地東六〇〇メートル余の草柳の現住所に移転している。)をどのように理解すべきか、その合理的説明は些か困難となるのではないかと思われる。

その他、前記陳述書の中には、騒音源に対する拒否的態度(例えば、原審原告番号2、24、46)もあり、また、誇張にわたると思われる部分も散見される(同15、21、22、24、30、46、89、91等)のであつて、以上の諸点に鑑みると、右陳述書は、原告らの被害認定上必ずしも全面的には措信し難いものというべきであり、このような事情は、当審で提出された甲第六〇〇号証の各陳述書についてもおおよそ大同小異である。

また、甲第三〇〇号証の被害調査カードについて一言すると、同書証は、日付毎に被害該当項目に丸印をつける程度のもので、極端に抽象的かつ概括的であつて、被害の具体的内容と程度を伝えるものではない。このような調査は、被害の一般的存在を知る契機にはなつても、これをもつて原告らの具体的被害の存在を基礎づけ得るものということはできないし、損害賠償責任という法的責任を判断する資料としては適切であるとは思われない。

4  財団法人労働科学研究所の「厚木基地周辺実態調査研究」について

〈証拠〉によれば、以下の事実が認められる。

財団法人労働科学研究所は、神奈川県渉外部の依頼により、厚木基地の存在が周辺地域に直接、間接にどのような影響を与えているかについて、昭和五七年度にアンケート、モニター、インタビューの各調査を実施して、「厚木基地周辺実態調査研究」との報告書を提出している。そのうちのアンケート調査によれば、大和、綾瀬、藤沢各市の八〇WECPNLの地域(Aゾーン)、大和、綾瀬、藤沢、相模原、座間、海老名各市の七〇以上八〇未満のWECPNLの地域(Bゾーン)について、単純無作為抽出法により抽出したAゾーン二一三一名、Bゾーン二一〇八名に調査表を配布し、同表記載に丸印を付して回答して来たAゾーン一四〇四名、Bゾーン一三五三名を対象者として調査を行つた。調査対象者中、大部分は昭和四〇年以降の居住者で、昭和五〇年以降の居住者でも四割を超える。年令的には、比較的若い世代が自宅を求めて基地周辺地域に移り住んでいると見られる。職業別ではサラリーマン世帯が圧倒的に多く、住居の種類では持家率が高い。生活環境の満足度では、「満足」「まあ満足」の回答合計がAゾーンで四九・八パーセント(大和市では五二パーセント)、Bゾーンで六八・一パーセント(同六七・五パーセント)、「やゝ不満」「不満」の回答合計がAゾーンで四七・二パーセント(同四五・二パーセント)、Bゾーンで三〇パーセント(同三一・四パーセント)であり、旧住民より昭和四〇年以降の新住民の方が満足度が低い。いずれのゾーンでも「周囲の静けさ」についての不満度が極めて高い。航空機の墜落の不安を感じているとする者は圧倒的に多く、八割以上の回答者に見られる。騒音被害の質問に対する回答で、「かなりある」を四点、「時々ある」を三点、「あまりない」を二点、「まつたくない」を一点として整理した数値の最も高いのは「テレビ・ラジオ・レコードの音がききとりにくいことがありますか」という質問で、以下高い順からいうと、「会話のじやまになることがありますか」、「電話の話がききとりにくいことがありますか」、同順位で、「読書や考えごとがさまたげられることがありますか」と「ゆつくりくつろげないことがありますか」、次いで、「飛行機の音がこわいと思うことがありますか」、「夜ねつかれなかつたり、夜中に目さめることがありますか」、「テレビが見えなくなることがありますか」、「警笛等が聞こえず交通事故などの危険を感じることがありますか」、「頭が痛いとか重いことがありますか」、「耳が痛いとか耳なりのすることがありますか」、「食欲がなくなつたりすることがありますか」の順となつている。以上はAゾーンについてのものであるが、Bゾーンでも殆ど同じである。被害の訴えは男子よりも女子に多く、被害意識に個人差がある。騒音被害全体の評価として、「耐え難い被害をうけている」を四点、「大きな被害をうけている」を三点、「少しは被害をうけている」を二点、「被害をうけていない」を一点として被害感を整理すると、Aゾーンは二・八四点、Bゾーンは二・四二点となる。次に騒音被害と住民の健康についてのアンケート調査では、妊婦のうち六割強が騒音の影響を認め、A、B両ゾーンとも「母乳が出なくなる」が四割、「流産、早産の危険」が三割となつている。また最近三年間で同居の家族(調査対象者自身を含む)の中に病気にかかつたことがあるとする者はAゾーンで五四・三パーセント、Bゾーンで四五・二パーセントにのぼつたが、それら対象者の中で「航空機の音が原因の一つになつていると思われるようなことがありましたか」との質問に「あつた」と回答した者は、Aゾーンで七〇・五パーセント、Bゾーンで四五・二パーセントにのぼつた。騒音が原因の一つとなつていると思われるものとして記載の障害で丸印の付されたものの多い順でいうと、Aゾーンでは、不眠症、頭痛、肩こり、胃腸等の消化器障害、血圧の上昇、耳なり、全身のだるさ、胸がどきどきする、難聴、めまい、食欲不振、ノイローゼ、吐き気の順となつており、Bゾーンでは、頭痛、不眠症、肩こり、耳なり、胃腸等の消化器障害、血圧の上昇、胸がどきどきする、全身のだるさ、食欲不振、難聴、ノイローゼ、吐き気の順となつている。こうした騒音が原因の一つとなつていると思われるとされる症状が、住民全体(二〇才以上)の中で占めている割合は、どの症状の発生割合もAゾーンの方がBゾーンより高く、そこでは不眠症、頭痛、肩こり、胃腸等の消化器障害、血圧の上昇、耳なりの六症状については一割を超えている。Bゾーンでは一割を超えているのは頭痛のみである。騒音の療養生活に対する影響は回答者の大部分が肯定する。騒音対策として記載された項目のうち丸印を付されたものが五割を超えるのは、Aゾーンでは「テレビ受信料の全額免除」、「全室防音工事の拡大」、「電話料の減免」、「防音工事で設置されたクーラー等の使用のための費用を国で補てんすること」、「国で民家の防音工事を行う区域の拡大」であり、Bゾーンでは「国で民家の防音工事を行う区域の拡大」であつた。このように防音工事をめぐる要望が上位を占めているが、全体としてみた既成の防音工事に対する評価は、否定的評価が六七パーセントで、可成り低いとされている。

右アンケート調査は、その調査実施上及び質問の方法における偏り(バイアス)の排除、アンケートの回収状態の点等から、その客観性に問題のあることは否定できないが、それでもなお、本件飛行場周辺地域の住民構成、住民の住環境の評価、航空機騒音に対する被害意識等のおよその傾向は看取できると考えられる。そして、被害の訴において、主たるものは生活妨害の訴であり、身体被害の訴は低位にあることが注目される(以下、本件飛行場周辺のその他のアンケート調査と併せて本件アンケート調査という。)。

二原判決がその理由第五、二、「騒音による被害の一般的特色」について説示するところは、その認定証拠として、成立に争いのない甲第五一四、五一五号証を加えるほか、当裁判所もこれを相当と認めるので、当該部分を引用する(原判決C一三四頁八行目以下一三八頁四行目まで)。

三聴覚被害

1  原判決が理由第五、三、1「聴覚への被害(難聴及び耳鳴り)」の項目において説示するとおり、本件陳述書等や各種アンケートにその判示する如き記載があること、一般的に難聴現象が発生するとされる機序についての説示、騒音暴露の際の聴覚保護のための許容基準、航空機騒音を用いた聴力損失の調査研究、航空機騒音等と難聴の実証的研究に関する調査結果等について、その説示内容に添うそれぞれの記述がみられることは、その挙示する証拠関係から認められるので、左記の付加、訂正をなしたうえ、当該部分(原判決C一三八頁六行目以下一六一頁七行目「報告している。」まで。但し、一三九頁三行目「訴える者は」の次に「一審相原告を含め(以下の被害の項についても同じ)」を加える。)を引用する。

なお、〈証拠〉によれば、右のほかに原告らのうち、難聴を訴える者(原告番号69)、耳鳴りを訴える者(同22、54、89)が認められる。

また、C一四七頁の末行の次に行を改めて次のとおり付加する。

「もつとも、騒音の断続的・間欠的暴露(非定常騒音)の場合には、暴露の中断・休止の期間中にある程度聴覚器官の正常な生理的機能が回復し、聴覚保護の効果をもたらすため、定常騒音についてのPTSの予測方法がそのまま妥当するかどうかはなお検討を要する事項であり、この点に関する調査研究は必ずしも十分に尽くされていない現状にあることを留意しておく必要がある。」

2  〈証拠〉によれば、原判決が説示する前記証拠以外に、航空機騒音が聴覚に及ぼす影響についての所見や調査研究には次のものがある。

(一) スエーデンの国立公衆衛生研究所のラグナー・ラインダーによれば、空港周辺における屋外騒音一〇〇ないし一二〇dB(A)の範囲内で、これまで文献に現われたところでは、周辺住民の聴力に障害を来たすという資料は見当らない。これは住宅の内部では、八〇ないし九〇dB(A)(すなわち、二〇dB(A)程度の減音)かそれ以下になつていることによる。確かに、騒音のレベルは高いが、耳は騒音と騒音の間で十分休む時間があり、これにより回復しているためと思われるとしている。因みに、同人の右所説は、昭和四七年一一月二五日に明らかにされたものである。

(二) 一九六九年(昭和四五年)モントリオールで開かれた国際民間航空機関(ICAO)の「空港周辺における航空機騒音特別会議」では、「空港周辺で航空機の騒音を最大に受けることにより、一般的な意味での肉体的、精神的に深刻な影響を受けるということを示す明確な証拠は現在のところないということが結論された。」、「聴力に対する騒音障害の評価に使用された基準は、空港周辺において航空機騒音にさらされても聴力に障害を与えていないということを示している。そのような基準は、いくつかの点では主として工場騒音及び聴力データに基づいているものであつて、空港周辺の地域社会の住民に対する非職業的騒音に対しては限定された関連しかないであろう。」とされ、結論として、「空港周辺における航空機騒音が、健康及び聴力に有害であるということは未だ証明されていないということ、そして、その確認は、会議の知る限りでは未だ実施されていない長期的研究によつてのみもたらされるであろうことが合意された。」とされている。

(三) 杉山茂夫らによる大阪国際空港周辺における八〇ECPNL以上の地域に七年以上居住している年齢二〇才から三五才までの主婦八〇名中、中耳炎等の既往歴のある四名を除外し、七六名の聴力調査の結果では、八〇〇〇ヘルツにおいてのみ常に一般正常人より域値の上昇を認めたが、一般に騒音性難聴の特徴とされているC5dipのような上昇は認められなかつた。右七六名中、難聴を訴えた者が一一名あつたが、低音部での聴力低下を認めた一例を除き、ほぼ正常であつた。また、難聴を訴えた者一一名、耳鳴りを訴えた者二九名と、残りの無自覚者の三群について聴力域値の平均値を比較しても、全く差が認められなかつた。したがつて、自覚症として難聴を訴えている者は、空港周辺における頻回の航空機騒音により、電話、会話等の日常生活に支障があるためのものと思われる。このことから、騒音が単に聴覚のみに影響を与えるのではなく、全身的ストレスとなつて色々な心理的影響を与えるものとして考慮しなければならないであろうとし、結局、この調査では八〇ECPNLの地域に居住し、かつ加齢の影響の少ない世代のグループの聴力域値は、一般正常人との間に認むべき差はなかつたとしている。

(四) 前記人体影響調査専門委員会(委員長大島正光)が昭和四六年から九年間にわたつて、大阪国際空港、東京国際空港、福岡空港等の所在地を含む環境騒音が明らかに認められる兵庫県伊丹市地区、大阪府豊中市地区、大阪市福島地区、東京都大田区羽田地区、東京都江戸川地区、福岡県福岡空港周辺地区と環境騒音というべきものが殆んど認められない岩手県宮古市郊外花輪地区、同市郊外津軽石地区、山形県寒河江市大江地区、栃木県那須郡小川町片平地区、和歌山県那賀郡那賀町地区について、七年以上居住し、昼間も同じ地域にいて他地区に勤務せず、満一七才以上四〇才までの範囲の人(男女不問)で、騒音職歴のある人、慢性中耳炎等の既往あるいは現病歴のある人や、遺伝性の聴力障害のある人などのように感音性や位音性難聴のある人達を除いた調査結果をまとめたうえ、空港周辺、区街地などの騒音が純音聴力の年齢変化に影響を及ぼしてその衰退を促進するとは考えられないとしている。この結論に至る理由の主要な点は、①年齢分布、各周波数の聞こえのレベルと年齢との相関係数の面からも、回帰系数の面からも、有騒音地区と無騒音地区との間に差が認められないこと、②四〇〇〇ヘルツの聴力は騒音性難聴にとつて重要であるが、四〇〇〇ヘルツの低下度からみても、有騒音地区の合計では一四三二耳中三二耳(二・一パーセント)、無騒音地区の合計では一三〇三耳中三六耳(二・七パーセント)に低下がみられ、有騒音地区に低下例が多いという傾向は認められていないこと、③聞こえの平均値の低下傾向も有騒音地区に認められ易いということはないこと等である。

(五) なお、右人体影響調査専門委員会が昭和五五年度から三か年計画で大阪、東京両国際空港及び福岡空港の各周辺の三地域で実施した航空機騒音が周辺住民の健康に及ぼす影響調査によつても、周辺住民の現実の生活場面で、航空機騒音暴露による永久的な聴力障害の発症は考えられないとしている。

3  〈証拠〉によれば、前記引用にかかる原判決が挙示する山本剛夫、児玉省の聴力に関する実験及び調査の結果については、次のような批判がみられる。

(一) 先ず、山本剛夫の実験結果に対しては、室内における再生録音による実験であつて、本件飛行場周辺における騒音暴露と相当に条件が異つており、実際上の適用については問題があるうえ、TTSとPTSとは常に必ずしも数値のうえで比例するとは限らないのであり、また、対象とされた被験者が訓練された五名という少数者であるから、母集団である一般の人々につき統計上平均的な数値として適用するには問題があるとするもの(耳鼻科医師河村進市の証言)や、騒音暴露二分後のTTSを求めるのが、現在のところ学術上通常とられている方法であるにも拘らず、右実験においては、暴露後一〇秒ないし四〇秒間の測定値から平均値を求めて三〇秒後のTTS(いわゆるショートタイムTTS)とし、これから更に二分後のTTSを計算する方法をとつているが、このような方法は、一般には承認されていないし、各々のTTSは、内耳の違う場所の変化でおきているという定説からすれば一般に採用するには無理があるとするもの(乙第一四六号証の耳鼻科医師中村賢二の証言)がある。

(二) 児玉調査結果に対しては、測定に用いられたオージオメーター(リオンAA―二七型)は、測定上九dB程度の誤差を生ずる可能性があり、微少な聴力の低下を問題とする際の機器としては不適切であり、測定者の測定能力(因みに、調査者児玉は、心理学専攻の学者であつて、聴力測定の専門家ではない。)や測定の場所、予備調査等の測定条件にも問題があるうえ、このような調査方法の欠陥は、例えば被調査者の左右の耳の聴力差とか、騒音性の聴力低下とは認められない低周波部分にも、平均値が落ちている事例となつて現われている。蓋し、健康人多数を熟練した測定者が測定すれば、左右耳の聴力差は通常一dB以内に止まるのに、右調査結果ではこの差が三ないし六dBと大きな数値を示していたり、騒音聴力の低下は、通常四〇〇〇ヘルツから始まり漸次高周波部分に及ぶが、低周波部分は低下しないのが通例とされているからである。その他、騒音の影響のない対照地区にC5dipの傾向が現われていたり、航空機騒音の激しい地区の小学校の児童の方が対照地区の小学校の児童より聴力損失が少ない事例もあるのに、これらを考慮に入れず、C5dipのとり方が不公平であつて、全体としてその結論に科学的合理性が欠けるとするものである(前掲乙第一四六号証)。

4  聴覚被害についての判断

原告らは、本件航空機騒音によつて、原告らに難聴、耳鳴りの聴覚被害が発生したと主張しており、原告らの提出する本件陳述書等には、この被害を訴える者が多いのは前記のとおりである。以下この点を検討する。

(一) 本件で提出されている航空機騒音と難聴に関する研究等の証拠は、いずれも、本件飛行場についてのものではなく、また、前記騒音の許容基準も、本件航空機騒音のような間欠的で一過性の環境騒音とは異なり、職場騒音から労働者の聴覚保護を目的としたものが多いのである。したがつて、これらの証拠や前記各実験結果等を、本件飛行場周辺に居住する原告らが航空機騒音によつて現実に受けているという難聴の被害認定の資料とするには、その条件の異同等について慎重な吟味、検討が必要であるというべく、これらを採つて、直ちに原告ら主張の被害事実の認定をなしうるものでないことはいうまでもない。

(二) 被害一般に関することであるが、屋外騒音について屋内における影響を考える場合には、家屋の遮音効果を検討する必要があること前示のとおりである。すなわち、前記のとおり、原告らが、本件飛行場周辺における騒音の発生状況として主張するところは、すべて屋外におけるものである。しかも、これら測定された騒音のうち、約七〇ないし八〇パーセントは七〇ないし八九dB(A)以下のものであるのが、昭和五二年以降の実情であり、これら屋外騒音は、一般住宅内において一〇ないし二〇dB(A)程度(住宅防音工事を施行した屋内では二五dB(A)程度、更に鉄筋コンクリート作りの建物で第一級防音工事が施行してあれば三五dB(A)程度)の遮音効果のあることは前認定のとおりである。そして、通常、人間の生活は屋内でされることが多く、特に例えばNLPが施行される時間帯ではそうであるから(もつとも、原告らの当審における陳述書によれば、NLPを理由として難聴被害を訴える者はいない。)、原告ら主張の騒音は、建物の内部においては、その主張する騒音レベルから相当程度緩和されているとみるべきものである。

(三) 以上の点を考慮したうえで、前記認定の本件飛行場周辺の騒音状況のもとで、果して原告らにその主張する如き難聴の発生が認められるかどうかが問題となる。

〈証拠〉によれば、難聴とは、一般的には、耳に種々の障害があつて聴力が低下または消失している状態をいうが、ISOの規準は、三分法により五〇〇、一〇〇〇、二〇〇〇ヘルツにおける平均的な聴力の低下が二五dB(A)以上のものをいうとされており、アメリカにおいてISOの規準が明らかにされる以前は、ASA規準により一五dB(A)未満であれば正常者とされており、わが国の耳鼻咽喉科およびオージオロジー学会ではこの規準によつている。難聴は、その原因のあり場所によつて、伝音性難聴、感音性難聴及び混合性難聴に区別される。伝音性難聴とは外耳道、鼓膜、鼓室などの伝音器の疾患で、中耳炎、耳硬化症等によつて起るものである。感音性難聴とは、蝸牛及びそれより中枢側の疾患によつて起るものをいい、内耳の炎症、出血、水腫による難聴、騒音性難聴、外傷性難聴、老人性難聴、家族性難聴、伝染性疾患や薬剤中毒による神経性難聴、脳中枢性難聴などがある。また、混合性難聴は伝音、感音両系統の障害が併存するときに生ずるとされるが、これらの難聴は、オージオメーターによる各種の検査によつて区別することができるとされている。すなわち、詳細な聴力検査によつて、その程度と障害部位(伝音性か感音性か)が決められるわけであるが、最終的には耳鼻咽喉科医による医学的検索と総合されてその診断が決定されるのである。難聴はまた、先天性難聴と後天性難聴とに区別され、前者は、胎生時の内耳疾患、聴器の発育不全によつて起り、後者は前記のとおりその発生原因は複雑かつ多様であるとされている。

原告らのうち、難聴被害を訴える者が、具体的にどの程度の聴力低下を来たしているのか、その原因や態様につき専門医の診断を求め、正確な測定を受けたという者は極めて少ないので(この点を述べるのは原審における原告21真屋求の供述であるが、これによれば、同人は四五歳の頃、風邪をひいて熱があつたので、耳鼻科の医師の診察を受けた。その際、耳が遠くないかといわれ、自分では気付かなかつたが、調べて貰つたところ、六五歳の聴力といわれて驚いたというのである。しかし、同人が診察を受けたのはこのとき一回だけであり、診断書等は貰つていないという。)、客観的にその程度を知ることはできないのであるが、前記のとおり、難聴とは単に主観的に耳が遠いというのではなく、そうであるかどうかは、医学的検査や所見に基づく聴力障害の存否についての客観的かつ専門的な診断であるから、右原告らの供述や陳述書等による立証の程度では、これを認定するに十分ではないというべきである。そして、〈証拠〉によれば、昭和四六年ないし昭和五三年当時における前記測定地点である月生田宅における屋外騒音の状況程度では、人の聴力障害を来すことはないとされているのである。

また、原告らのうちには、前記のとおり、昼間、会社等に勤務し、本件飛行場周辺にいて航空機騒音の暴露を受ける機会が少ないと認められるのに、難聴を訴える者がいるけれども(例えば原告番号8、21、22、40、42、71、75、82等)、果してそのような難聴が認められるのかどうか、仮に認められるとして航空機騒音によるものといえるかどうか、疑わしいといわなければならない。

その他、本件周辺地域に航空機騒音が暴露されて以来相当年数を経過しているのにこの地域住民に難聴が有意に多いとする統計的資料はなく、また、前記のとおり、大阪国際空港周辺地区等の有騒音地区と無騒音地区の各居住者の間に、聴力の低下についての傾向的差異が認められないとする調査結果や、航空機騒音による難聴の発生に消極的な証拠の存在に照らすと、本件では、未だ原告らの主張する如き難聴被害を認めるに足りないものというべきである。

(四) 一般的知見によれば、耳鳴りは、外界に音源がないのに聴覚を生じるものをいうが、静かな夜半にだけきこえる軽度なものから騒がしい昼間にも悩まされる強度のものまであり、また常にきこえる持続性のものと、ときどき休止する断裂性のものとがあり、きこえる音は高低さまざまであつて、いろいろに表現されている。一般に、その原因が伝音器にあるときは断裂性で低調であり、感音器にあるときは持続性で高調である。耳鳴りを発生する主な原因は、騒音のほか、①各種中耳炎や内耳炎、②鉛、水銀、ニコチン等の中毒、③婦人科諸疾患、④心臓および血管の疾患、⑤萎縮腎および糖尿病等であるとされるが、〈証拠〉によれば、耳鳴りはあくまで患者自身の自覚的、主観的なものであつて、客観的には把え難いうえ、疾患の部位や原因とも対応せず、その発生時期についても一般に突発性でないため不詳なことが多い。また、耳鳴りは一つの症候であつて疾患名ではなく、疾患に固有な症状であることは稀で、発現率も比較的低く、神経症を含む心因性疾患にも訴えられることがあるとされている。

原告らの本件陳述書等によれば、前記のとおり耳鳴りを訴える者が相当数あるが、その発現の具体的態様について言及している者は少なく、その程度やこれが持続性のものか断裂性のものか等その性質の詳細は殆んど不明である。しかし、騒音の聴覚に及ぼす一般的影響から考えて、本件航空機騒音がその一因となつている可能性は否定できないが、他方、前記耳鳴りの原因とされる事項の多様性と複雑性、これを客観的に捕捉することの困難性等、医学的にも未だ必ずしも十分に解明されていない点が多いことに鑑みると、本件の証拠関係に照らし未だこれを断定するに至らない。

四聴覚以外の身体的被害

1  原判決がその理由第五、三、2「聴覚以外の身体的被害」について、その説示するとおり、本件陳述書等や各種アンケートに、その判示する如き記載があること、騒音のいわゆる非特異的間接的影響(被害)の発現経路及び態様に関し、その説示内容に添う個別的実証的調査研究があることは、その挙示する証拠によつて認められるので、当該部分を引用する(右理由第五、三、2の(一)及び(二)、C一六五頁二行目以下二〇七頁九行目まで。但し、一七七頁七行目の「二、三〇〇メートル」を「二〇〇ないし三〇〇メートル」と訂正し、一七九頁八行目の「三段階の」の次に「航空機騒音」を加え、一八〇頁一二行目の「大きくなった。」を「大きくなつたが、八〇ホン以上では騒音レベルと頻度による差を見出し難かつた。」と訂正し、一九二頁一行目の「三週」を「三〇週」と訂正し、二〇〇頁の五行目の「低い」を「低かつたが、体重、身長ともに両校の児童間に顕著な差異はなかつた」と訂正する。)。

なお、〈証拠〉によれば、右のほかに、原告らのうち、頭痛を訴える者(原告73)、疲労を訴える者(56、75)、高血圧や血圧の不安定を訴える者(51、55、69、82)、消化器系障害を訴える者(58、75)が認められる。

2  〈証拠〉によれば、航空機騒音と人体の生理的機能との関係については、原判決が説示する前記証拠以外に、次のような所見がみられる。

(一) 前掲EPAの資料によれば、騒音によるストレスに関連して多くの心身の不調が発生する期間は、騒音によつて聴力損失が発生する期間よりもやや長いので、この長さのため因果関係がはつきりしないのかも知れない。聴力を損わない程度の騒音として従来から認められていた騒音より小さな騒音が、人間に確実に生理的反応を起しており、感受性の鋭い動物が騒音によつて同様な生理的反応を起すとストレスから病気にまで進展してゆくものである。この動物実験の暗示するものを人間にまで当てはめてよいかどうか明瞭でない。多くの専門家は、騒音の健康に及ぼす影響については、騒音による聴力損失以外は、不充分な知識しかないことを認めている(健康ということを病気でないというように、もつと限定した意味に定義して)。この主題についての最近の検討では、人を聴覚損傷や聴力損失から充分に保護すれば、直接聴覚に関係のない病気をひき起すことはありえない、とされている。

(二) 前記EPAの一九七三年七月二七日付「騒音に関する公衆衛生と福祉に関する基準」(いわゆるEPAクライテリア)によれば、騒音暴露はストレス単独あるいは他のストレッサーとあいまつて一般的ストレスを発生させるが、騒音暴露とストレスとの関係も、ストレスの発生が想定される閾域の騒音レベルあるいはその期間についても、解明されていない。環境の中にみられるような適度の強さの騒音暴露が種々のかたちで心臓血管システムに作用するが、循環器システムに及ぼすはつきりした永久的作用(影響)は実証されていない。騒音が循環障害や心臓病に寄与する要因となる予想は、科学的データの裏付けがされていない、とされている。

(三) 一九七六年発表前記クライターの「騒音が聴覚以外に及ぼす影響」によれば、同人は、一層の研究の必要性を認めたうえでの一応の結論として、自律神経によつて媒介される騒音に対する無条件ストレス反応は、人に対して傷害を及ぼす危険はなさそうであること、会話および睡眠を直接妨げ又はストレス反応の直接原因となつているやかましさや怒りの感情を惹起する環境騒音の結果、一部の人々に自律神経系ストレス反応が不健康に寄与する一つの要因となりうるであろうこと、一定の生活環境で適切な睡眠および会話を可能にするレベルまで、無意味な騒音をコントロールすれば、ストレスのかかつた肉体における聴覚外の反応の発生を除去することができると思われること、等を指摘している。

(四) その他、空港周辺の航空機の騒音を最大に受けることにより、一般的な意味での肉体的、精神的に深刻な影響を受けるということを示す明確な証拠は、現在のところないとする前記ICAO会議報告書や、ほぼ同趣旨の所説(ライランダー、岡田淳等)、また、人間の大脳組織の騒音に対するいわゆる馴れ(刺戟順応)による影響の軽減を指摘する見解も存在する。

3  ところで、前記原告ら提出の実験結果は、騒音に対して人及び動物等の生体が示す一般的反応を研究した実験報告であつて、被験者の数も限られており、また極めて限定された条件のもとで実施されたものであつて、本件飛行場周辺における航空機騒音の実情とは状況を異にするものであるから、直ちに採つて本件飛行場周辺に居住する原告ら主張の健康被害認定の資料となしえないものであることはいうまでもない。

本件で問題なのは、本件飛行場における航空機騒音によつて、原告らにその主張する如き身体的被害が現実に発生したかどうか、発生したとして、その内容と程度はどうかという点である。換言すれば、本件各原告らにつき、前記各被害の個別的具体的な発生の有無と本件航空機騒音との因果関係の存否如何ということなのである。そして、この本件における争点については、前記聴覚被害について述べたところと同じく、原告らの具体的立証の程度は極めて不十分といわざるを得ないのである。すなわち、この点についても、原告らの提出にかかる前記陳述書等が主要なものであつて、前記調査結果や実験研究結果についての証拠中、本件飛行場に関するものは極めて乏しい。僅かに昭和四〇年七月高橋悳がなした調査結果があるのみである。しかも、同調査は、未熟児の出生調査、幼児、児童、生徒の身体発育やその精神反応の状況等の調査であつて、必ずしも原告らの主張する前記いわゆる共通被害の内容をなす被害ではない。

そうであるばかりではなく、〈証拠〉によると次の事実が認められる。すなわち、高橋悳は右の調査研究報告の中で同時に以下のように報告している。昭和四〇年七月一一日から一八日までの間の大和市立病院内科に置かれている外来成人全患者の受診票(概ね昭和四〇年四月以降の受診者)を資料とし、これから騒音地域毎各系統疾患の発生状況と、血圧異常受療者を除く全受療者中血圧検査の行われたことのある者の最新の血圧値を調査した。受療患者中主要疾患系統の明らかな者、男性三〇二名、女性三五二名、計六五四名七六五主要系統疾患について、神経系、循環器系、呼吸器系、消化器系、その他の各系統につき、騒音地域区分により分類した結果、全般的にも、男女性別に見ても、全患者中消化器系疾患が最も多く、循環器系、呼吸器系、代謝異常を含むその他の疾患系、神経系の順位で漸減していることが明らかになつたが、このそれぞれを各地域毎に、また男、女性別に比較すると、その結果は極めて不規則であつて、地域との関係による統一的な結論は全般的に見出し難いことが明らかになつた。男、女性共通に指摘し得ることは、この地域に最も多い消化器系疾患が、本件飛行場滑走路から南北二五〇〇メートル以内の騒音が激しいと思われる地域の方がそれ以遠の対照地域より多いことであり、一方、消化器系疾患中に自律神経障害によるものが多いことは事実であるが、この結果を直ちに騒音に結びつけることは困難と思われた。消化器系疾患と同様、或いはそれ以上に自律神経障害要素の強いものと判断される循環器系疾患について、むしろ右二五〇〇メートル以内の地域よりそれ以遠の地域の方が多い関係があることも、これら疾患が騒音との関係に乏しいことを示すものと判断された。最も期待されたノイローゼを含む神経系疾患についても、女性の成績から予想は全くくつがえされた。また、血圧異常受療者は除く一般内科受療者中血圧測定を受けたことのある者一三九名について、その血圧検査結果を年令別に見ると、一般に生理的正常値或いはこれを下廻る数値であつて、騒音の影響による高血圧の多発は考え難い結果となつた。右のように報告している。

4  また、〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。すなわち、財団法人航空公害防止協会の依頼により前記人体影響調査専門委員会が東京、大阪各国際空港、福岡空港周辺住民の成人女性について昭和五五年から五七年にかけての三年間に航空機騒音の聴覚以外の生体に及ぼす影響の実態調査を行い、以下のように報告している。調査内容は、(一)個人別騒音暴露量の調査、(二)質問紙(アンケート)による健康調査、(三)自律神経―内分泌系機能に関する生物学的調査である。調査(一)では、三年間で三地域合計六七名の対象者の各人に三日から七日間に亘つて小型携帯用の等価騒音レベル計を常時携帯して貰い、各人が実際に暴露されている音エネルギー量を測定した。それによると、空港周辺に住む成人女性の騒音暴露量は一般の主婦のそれとほぼ同程度である結果を見た。これは対象者となつた女性の大部分が一日の大半を家庭内で過ごす専業主婦であつた為、この人々の家庭内で受ける航空機騒音のエネルギー量は家屋によりかなり減衰されるためと見られる。屋外のピークレベル九〇dB(A)ある航空機騒音は家屋によつて約二〇dB(A)程度減衰され、一方屋内で頻繁に発生している例えば人の話し声や家庭電気機器の音なども七〇dB(A)に近いか或いはそれ以上のレベルになることがしばしばある。そのため、空港周辺に居住する成人女性の騒音暴露に対する航空機騒音の影響力が小さいものとなつていることが理解される。右の結果から耳に入る音のエネルギー量によつて影響の大きさがほぼ決定されるといわれる聴覚への影響は、今回の対象地域の住民には生じていないであろうことが確認されたといえる。これに対し、騒音による聴覚以外の生体影響は騒音に対して感じるうるささ、即ち、精神的ストレスが長期間にわたつて持続することによつて生じるといわれており、右調査結果から人の感じるうるささは、必ずしも音のエネルギー量に対応したものではないこと、したがつてうるささに由来していると考えられる生体影響も音のエネルギー量のみによつては予測されないことが推測される。調査(二)の質問紙(アンケート)による健康調査は、三年間で三地域合計五六〇〇名の対象者(成人女性)についてなし、その二九六〇名の回答結果によると、騒音による生活妨害(会話の妨害、テレビ、ラジオの受聴妨害、読書、勉強の妨害など)に関する訴えは、大阪国際空港周辺において居住地のWECPNL値の上昇に対応して増加する傾向を示した。また、健康調査表による自覚症状の訴えも同様な傾向を示した。訴えの内容は若い年令層では消化器系の症状、六〇歳以上の高年令層では精神的な症状が多くなつていた。この様な訴えの増加が航空機騒音の影響によつて生じているかどうかは不明であるが、その重要な要因の一つであるということは出来るであろう。調査(三)は右協会が行なつた巡回健康診断の血圧及び心電図判定のいずれかに於て異常の認められた成人女性の中から三年間で三地域合計三九九名、及び無騒音の対照地域の一般女性二四名の対象者について寒冷昇圧試験、血中コルチゾール、血中FSH(卵胞刺激ホルモン)、血中LA(黄体化形成ホルモン)、尿中カテコールアミン、尿中一七―OHCSの測定、及び月経不順、妊娠異常、出産異常の有無についての質問を行なつた。その結果によると、航空機騒音暴露によつて月経不順や妊娠、出産異常の発生するという現象は認められなかつた。また、自律神経系の異常を寒冷昇圧試験で検査したが、空港周辺の住民に陽性率が高いという結果は認められなかつた。右試験に於て陽性に反応した人のグループと反応しなかつた人のグループに於ける血圧、尿中カテコールアミン値、眼底所見等に差が認められないことから、空港周辺居住者に自律神経系の亢奮による高血圧の変化が多いとは考えられなかつた。空港周辺地域の住民と無騒音地域の住民との間で血中コルチゾール値や尿中一七―OHCS値に差がないことから航空機騒音暴露による下垂体―副腎皮質系の機能亢進が生じているとは考えられなかつた。以上のように報告している。また、右人体影響調査専門委員会は前記協会の依頼により昭和五五年度から五七年度までの三年間に亘つて大阪国際空港周辺の騒音レベルが予測WECPNL値七〇―九〇にわたる地区の三小学校ならびに騒音の影響下にない対照校一校の学童について同様に(一)個人別暴露量の測定、(二)質問紙による調査、(三)自律神経―内分泌系に及ぼす影響に関する生物学的調査を行い、以下の様に報告している。(一)では三年間で計五八名について前同様の小型携帯用の等価騒音レベル計を常時携帯させて実際に暴露されている音のエネルギー量を測定したが、WECPNL値の異なる地域にある四校間で有意差がなく、このことから学童が受けている音のエネルギーの大部分は自分達の発生する音によるものであることが認められた。(二)は昭和五六、五七年度にWECPNL値七〇以上の地域の三小学校の六年生計五六九名について調査したところ騒音に対するうるささの反応や生活妨害の訴えは前記の一般主婦における訴えよりも少なかつた。WECPNL値八〇以上九〇未満の地域の学童よりもWECPNL値九〇以上の地域の学童のほうがうるささや生活妨害の訴えが少なかつた。健康調査表による自覚症状の訴えについては「攻撃性」と「生活不規則性」の両尺度の得点がWECPNL値の高い地域の学童に平均的に高値を示したのみで、その他には騒音と有意に関連した反応傾向は認められず、またWECPNL値九〇以上の地域の学童の一年間の欠席日数が三校中最も少なく、身長、体重とも最もすぐれていた。(三)の騒音ストレスの生物学的評価調査は対象校四校の六年生男子一九九名、女子一六六名について行なつたが、尿中カテコールアミン(ノルアドレナリン、アドレナリン)や尿中ステロイドホルモンの測定値に関して騒音レベルの異なる学校間に有意差は認められず、学童の自律神経―内分泌系に航空機騒音が影響を及ぼしているとは考えられなかつた。右のように報告している。

5  聴覚以外の身体的被害についての判断

(一) 原告らは、本件航空機による強大なる騒音は、単なる不快感を超えて頭痛・肩こり・目まい・疲労等(以下、頭痛・肩こり等という。)の原因となるのであつて、原告らのうちにはこれらの諸症状を訴える者が多いという。確かに本件陳述書及びアンケートには、右原告らの主張に添う記載が多いことは前記のとおりである。

ところで、頭痛・肩こり等は、原因となる種々の疾患に伴うものがあることは一般的知見として明らかなところであるが、他方、ストレス作因の多い現代社会において、特に中年期以降の都市生活者の中に、日常かなり普遍的にその訴えのみられる生理的現象であることも、経験則上認められるところである。そしてこれらは他覚的に覚知し難いものであるだけに、その認定は極めて困難である。

本件の場合、これら症状を訴える原告らの陳述書等によれば、いずれも航空機騒音に起因するものとしているが、その中には他の疾患によるものではないかと疑われるものが存し(3高橋弘子、5鈴木光子、44山田よし子、80青木正雄らの高血圧症、76田邊富美江の低血圧症、87櫻田みつの更年期障害など)、また、単に前記の調査カードに丸印をしたにすぎないものにおいては勿論のこと、その他のものにおいても、日常どの程度発生かつ持続しているのか、その具体的態様は必ずしも明らかではないが、本件航空機騒音の暴露を受けると発生するというのが多いようである。原告らが、かかる身体的異常さのゆえに、医師の診断と治療を求め、客観的にその原因を確かめ、これに対処する措置をとつたかどうかは、殆んど不明であつて、多くはあえて医師の診断、治療を求めるまでもなく、自然の治癒に委ねるか、手許の売薬を施用する等により、これに対処しているもののように見受けられる(「ノーシン」等の売薬を服用していると述べるのは7小澤ユキ、13水上京子、15中川幸子、18知久和美、23鴨志田強、28角田敏太郎、41角田豊治、54黒田和夫、61細川君子、69猪熊勝代、77田邊文子らであり、ハリ、マッサージに通い、或いは、マッサージ機を購入したというのは、前記水上京子、櫻田みつ、24渡辺とり子、30増賀光一、44山田よし子、48井上美春らである。)。そして、このような頭痛、肩こり等が更に一層進行して何らかの疾病に立到つたという者はいないのである。

そうであれば、騒音がストレス作因となりうるものであることを考慮しても、本件証拠関係のもとでは、原告らの訴える頭痛、肩こり等については、本件航空機騒音によるものもありうるであろうという程度でしか認定し得ず、本件航空機騒音によるものと断定することは困難というほかなく、しかもその程度は、人間の日常生活上必ずしも重大なものとはいい難く、積極的に医師の治療を必要とする疾病という程度のものであつたと認めることはできない。

(二) 原告らは、騒音によるストレスは、消化器系障害をもたらし、原告ら本件飛行場周辺住民は、航空機騒音により食欲不振、神経性胃腸障害等を訴える者が少くないと主張する。そして、本件陳述書及びアンケートには、原告らの主張に添うような内容の記載が相当数あることは、前記のとおりである。その訴えの態様は、食欲不振、胃の痛み、胃炎、胃潰瘍等様々であるが、右愁訴の具体的内容やその程度は、神経性のものであるとするほかは、必ずしも明らかでない。また、これらの者は、右愁訴をしながらも、そのうち医師の診断、治療を受けたという者は比較的少なく、これを受けたという者も、その疾病に罹患したこと、病名等を証明する医師の診断書や治療経過を明らかにするカルテ等の提出はしていない(胃潰瘍の手術を受けたという者は27山口スエ子、88高田繁子の両名である。)。

ところで、胃の痛みやむかつき、吐き気等は、ストレス作因の多い現代社会においてかなりの程度にみられる現象であるが、これが果して如何なる疾病であるかの医学的診断は、問診や全身的所見、各種の検査成績を総合して初めて可能となる相当に高度な技術的判断に属するものというべきであるが、原告らの主張するように、その訴える症状が本件航空機騒音と因果関係があるかどうかという点になると、更に騒音暴露の程度、期間等の騒音量の側面や被暴露者の主観的条件とも関係があり、その判断は一層複雑かつ困難である。したがつて、これらの点は、本件飛行場周辺の疫学的調査ないしはこれに類する手法を用いることにより客観的に解明されるべきものと思われるのであるが、本件ではかかる資料の提出はなく、この点を確知することもできない。

もつとも、前記のように騒音が物理的なストレス作因としての働きをもち、ジェット機騒音によつて胃運動の抑制、胃液分泌の減退、胃酸の変動等が起りうる旨の実験結果はあり、原告らにその訴えるような胃痛等の障害が発生したとすれば、本件航空機騒音がその一因となつているものと考える余地はあるけれども、前記のとおり、原告らの訴える胃痛等の具体的内容、程度、その航空機騒音との因果関係等は、証拠上全体として必ずしも明らかではないというほかはないのであつて、そうである以上、原告らに本件騒音によつて疾病といえる程度の胃腸障害があつたものとは未だ認め難いものというべきである。

(三) 原告らは、原告ら本件飛行場周辺住民は、航空機騒音によつて高血圧、心臓の動悸等の健康被害を被つている旨主張し、原告らの提出する本件陳述書やアンケート調査、原告らの原審における供述等に所論の被害を訴える者がいることは前記のとおりである。しかし、その具体的程度や態様は、これらの証拠によつても必ずしも明らかではない。原告らのうち血圧の具体的数値を述べる者は、43近藤久江(下が100を越す)、44山田よし子(上160)、69猪熊勝代(上180下100程度)、73眞鍋藤治(上160)、79綿引すみ(上180下130程度)、80青木正雄(上225下125程度)、81小林久米三(上220下110程度)らであつて、いずれもかなり高血圧の症状であることが窺われるが、このうち眞鍋(明治三四年一〇月一日生)、綿引(同四四年六月二五日生)、青木(同四三年一一月一七日生)、小林(大正五年二月四日生、但し昭和五九年二月三日死亡)の四名は相当に高齢で、比較的若年なのは猪熊(昭和一七年二月一〇日生)だけである。

一般に、高血圧とは、最高血圧が一五〇以上、最低血圧が九〇以上の場合をいい、高血圧をきたす病気には種々あるが、普通は本態性高血圧をいい、実際にもこの型のものが最も多いとされる。高血圧は、遺伝関係がかなり重要な因子となるもので、両親が高血圧であるとその子供には約六割、片親が高血圧の場合には約三、四割の割合で高血圧が現われる。もつとも、その進展は極めて緩慢であり、当初は自覚症状もなく見過されることが多い。しかし、長期間高血圧が続くと末しよう動脈に動脈硬化性の変化が起り、脳、心臓、腎臓など重要な臓器に血行障害が生じて種々の症状を訴えるようになる。治療は、原因となる疾患を治療するほか、一般的には日常生活を規制し摂生と適度な運動に努めることが大切で、肥満を避け、塩分の摂取量を減らす等食生活に留意し、精神的安静を保つように心掛ける。鎮静剤を使用するだけでも十分な降圧効果がみられることが多いが、これで効果がないときに限り降圧剤を使用すべきである。高血圧の原因となる疾患には、腎臓の器質的疾患、血管系の病変、内分泌疾患、中毒、脳神経系の器質的病変、その他本態性高血圧(原因不明の高血圧)、高齢等があるとされる。

以上は、いわゆる高血圧症状についての一般的知見であるが、原告らが高血圧を主張し、愁訴する以上、その旨の医学的診断を受けたものと推測されるが、その実態、治療経過はどうであつたのか、本件で右愁訴を裏付けるに足りる診断書等の客観的資料は存しない。

騒音によるストレスが一時的に脈拍増加、血圧上昇、皮膚血管の収縮、ホルモンのアンバランス等の生理的反応を起すことのあることは認められるが、原告ら愁訴の高血圧が、果して本件航空機騒音に基因するのか、或いは前記の高血圧の原因となる疾患によるものか、又は遺伝等によるか、前記証拠からは容易に確定し難い。却つて、航空機騒音環境下の住民につき高血圧の多発は考えられないとする実地調査の存することは前記のとおりである。なお原告らの中には、学校、会社等に勤務していて騒音に暴露される機会が比較的少いと思われるのに高血圧を訴える者(例えば、原告30、32、51、55ら)があるが、これらの者が訴える高血圧症が果して騒音暴露によるものかどうか疑わしいとしなければならない。そうすると、原告らが主張するような本件航空機騒音による高血圧に関する健康被害は未だ認めるに十分でないものというべきである。

次に、心臓の動悸は、病気によるものや、生理的なもの等種々の原因によつて生ずるが、これを訴える原告らが医師の診断によりその原因を究明したと窺われるのは、90刈屋悦子(心臓肥大)の程度であつて、それも本件航空機騒音によるものとは認め難く、その他は、一部の原告につき、突発的に発生する本件航空機騒音によつて心身が緊張した結果、一時的に生じたもののあることが推測されるにとどまり、証拠上健康被害にまで及んでいるものとは認めがたい。

また、本件陳述書等で訴えられている呼吸器系機能の障害については、本件における騒音による健康被害として主張されているものとは認められないし、本件航空機騒音によるものと認めることもできない(右障害については、客観的にこれを裏付ける証拠はなく、また、これらが本件航空機の排気ガス等によるものと断ずるに足る証拠もない。)。

(四) 原告らの健康破壊として主張する事項のうち、「生殖機能の障害」と「乳児・幼児・児童・生徒への影響」をいう項目がある。右各主張は、これを仔細に検討すると、原告らがいずれも、さきに「原告ら」に生じた健康被害として主張する「難聴・耳鳴り、頭痛・肩こり・高血圧・心臓の動悸、胃腸障害」等々の被害とは異り、必ずしも原告らに生じたというのではなく、例えば生殖機能の障害については、「本件飛行場周辺住民のことに女性の内に」、「航空機騒音による生理不順や早産・流産の被害を訴える者がいる。」というに止まるのであり、乳児等への影響についても、「環境に対する適応能力が十分でない幼児等は、航空機騒音等により深刻な被害を被つている。」として、「例えば、授乳中の乳児は乳首を離す、寝ていても手足をバタつかせる、あるいは泣き出すといつた反応を示し、幼児も満足に睡眠がとれない、脅えて泣き叫ぶ等の生理的悪影響を被つている。更に航空機騒音にさらされる地域の子供達は、身体面の成長が遅れるとともに、精神的にも多大の影響を受け、情緒不安定及び攻撃的な傾向に陥る等の被害を被つている。」というのであつて、乳児・幼児等については、凡そ航空機騒音によつて受ける影響一般について、また、子供達については、「航空機騒音にさらされる地域の子供達」一般についての、各影響ないし被害を主張しているものと解される。したがつて、右の各主張は、原告らに固有の損害の主張と解されないのはもとより、その近親者について発生した損害を主張するものとも解されないのであつて、以上の点からすれば、これらは、原告らが被つたと主張するいわゆる共通被害、ということはできないのであり、これらについて、原告らに固有の慰藉料請求権が発生するいわれはない。

なお、本件陳述書等によれば、原告らの中には、本件航空機騒音によつて、例えば母乳の出方が悪くなつたとか(13水上京子)、生理不順になつたとか(77田邊文子)いう者がいるけれども、その航空機騒音との因果関係も必ずしも明らかではなく、その他本件証拠上本件航空機騒音による生殖機能の障害を原告ら周辺地域住民について確認することはできない。

また、乳児・幼児・児童・生徒への悪影響の点は、これについての前記高橋悳の調査は、調査方法、調査結果の評価等において問題がないではないようであるし、前記のとおり身体成長の点に関する他の空港周辺地域の実地調査も必らずしも同一結果を示すものではないのであるから、本件の証拠関係からは、本件航空機騒音が周辺地域の児童・生徒の情緒面に不安定・攻撃性等の影響を与えることもありうるという程度でしか認定することはできない。

(五) 原告らは、航空機騒音等によるストレスが身体の抵抗力の低下をもたらし、諸種の病気の治療を妨げ、病気療養中の原告らにとつては安静を奪い、症状を悪化させ、時に新しい疾患を引き起こすとして、これを原告らの健康破壊の被害であると主張する。ところで、原告らの主張にかかる右病気療養中の原告が具体的に誰であり、どのようにその症状を悪化させ、如何なる新たな疾患をそのうちの何人について引き起したのか、右主張からは何ら明らかではないのであるが、本件陳述書等によれば、27山口スエ子は、昭和五一年九月以降約五〇日間と、昭和五二年五月から七月まで、それぞれ病気入院し、その間航空機騒音が不快であつたと述べており、ほぼ同様の事情は、24渡辺とり子、28角田敏太郎、43近藤久江、86永友輝美、88高田繁子等についても窺われるほか、3高橋弘子は、昭和五八年八月二七日から二九日までの三日間、高熱を伴う扁桃腺炎で自宅療養中、とりわけ航空機騒音が煩わしく、これでは治る病気も治らぬと感じた旨述べていることが認められる(その他は、療養妨害の一般的不安を述べるか、自己の親族が病気療養中本件航空機騒音に苦しんだとするものが多い。)。頻繁かつ強大な航空機騒音の暴露が病気療養中の患者の睡眠を妨げ、その精神的安静を害することがあり、療養上好ましくないことは経験則上も明らかであるから、右原告らのいう不快感や苛立ちも理解するに難くないのであるが、これが原因となつて、右原告らの療養期間を長引かせ、或いはその病状を悪化させ、更に新たなる疾病を惹起したとかの点については、これを認めるに足りる証拠はない。結局、原告らが覚えたという苛立ち等も、病気療養上健康破壊と呼ぶに値する程の顕著な影響を与えたものとは認められない。

右のとおりであるから、原告らは本件航空機騒音による被害のうち、健康破壊として療養の妨害をあげているけれども、原告らのうち若干名の者がその病気療養中に本件航空機騒音に対して不快感をもち、苛立ちを覚えたという程度の事実が認められるに止まり、その実質は、原告らが本件航空機騒音によるその他の被害として主張する中のいわゆる情緒的被害にあたるものというべきである。

五睡眠妨害

1  原告らの陳述書等、各種アンケート調査で睡眠妨害の訴があること、騒音の睡眠に対する影響について調査結果が存することについての原判決理由中の認定は、挙示の証拠によつて当裁判所もこれを肯認するので、右原判決理由(第五、四、1ないし3、C二一一頁六行目から二二一頁末行まで)を引用する。なお、〈証拠〉によれば、このほかに原告らで睡眠妨害を訴える者(原告51)が存することが認められる。

2  前記長田泰公の実験結果に対しては、人間の睡眠にはREM睡眠(いわゆる逆説睡眠)といつて脳波上は目ざめた状態に近似しているのに、実際には熟睡している時期(甲第三二〇号証によれば、この時期は、一晩八時間睡眠とすれば約二時間、おおむね四分の一程度であるとされている。)があるところ、前記実験ではこの点を考慮していないうえ、睡眠の深度は、本来序数(順位)尺度によつて決められるのを、定量的な間隔尺度として計算し、平均値を求めるといつたデータ処理上の誤謬がある旨の批判(前掲乙第一一八号証)がある。

また、人間の睡眠時間は、通常、おおむね午後一〇時頃から午前六時頃までが最も多いと考えられるが、右時間帯における本件飛行場周辺における騒音の発生状況やその持続時間、家屋の遮音効果等は、いずれも前認定のとおりであり、これらの点を考慮すると、原告ら主張の睡眠妨害の有無とその程度の厳密な確定は困難といわざるを得ない。

しかしながら、激甚な騒音が睡眠の妨害となることは経験則上も首肯しうるところであるうえ、前記調査研究を総合すれば、四〇ないし六〇dB(A)程度の騒音であつても、就眠を遅らせ、覚醒を早める等の影響があり、これらの点は連続騒音のみならず断続騒音の場合にも発生しうることが認められるのであるから、原告らの陳述書等を斟酌して考えると、居住地と飛行径路、飛行場との位置関係、居住期間、生活態様等により、その程度や頻度を異にするものがある(以下の被害についても同じ)にせよ、本件飛行場周辺居住の原告らは、本件航空機騒音によつて多かれ少なかれ睡眠妨害を受けているものと認めるのが相当であり、これらの睡眠妨害が場合により日常生活上の支障や疲労の回復阻害、後記情緒的被害の増進等の諸影響を及ぼすこともあるものと推認できる。なお、日中における航空機騒音によつて、この時間帯に睡眠を必要とする夜間勤務者、療養者、乳幼児等の睡眠に特に妨害的作用を及ぼしていると認められる。

六生活妨害

1  航空機騒音による生活妨害に関する、原告らの陳述書等、各種アンケート調査における訴え、調査研究、環境基準等についての原判決理由中の認定は、その挙示する証拠によつて当裁判所もこれを肯認するので、右原判決理由(第五、五、1ないし8、C二二四頁八行目から二三一頁末行まで、二三四頁一〇行目から二三六頁一〇行目まで、二三八頁一一行目から二三九頁七行目まで、二四〇頁八行目から二四一頁六行目まで、二四二頁一〇行目から二四三頁六行目まで、二四五頁六行目から二五一頁九行目まで、二五三頁一〇行目から二五八頁一〇行目まで、二六二頁五行目から二六三頁七行目まで)を引用する。

なお〈証拠〉によれば、このほかに、原告らで、会話・電話聴取妨害を訴える者(原告51、58)、テレビ・ラジオの視聴妨害を訴える者(同58)、交通事故の危険を訴える者(同51、65)が存することが認められる。

また、教育に対する悪影響の点に関し、〈証拠〉によれば、軌道騒音慢性暴露下の児童について、精神作業に対する集中力、意欲などが一時的に低下するような条件反応形成の可能性を指摘する実験報告の存することが認められる。

2  会話及び電話聴取妨害

会話は、言語による人間相互間の意思伝達の形式として、人間の社会生活に本質的かつ不可欠なものであり、騒音によつて恒常的にこれが妨害されるとすれば、重大な生活妨害ということができよう。そして、前記調査研究によれば、通常の人声の大きさ(六〇dB(A)前後)や対話者間の距離(一メートル前後)を想定すると、七〇ないし八〇dB(A)程度の騒音でも、会話の妨げとなりうるものとされている。それゆえ、持続時間の比較的短い間欠的な航空機騒音であつても、極めて短時間の会話妨害はありうると考えられるが、問題は、本件飛行場周辺において、人間の社会生活を円滑に維持するうえに妨害となりうるような会話の支障が、本件航空機騒音によつてどの程度現実に発生しているかという点である。

ところで、原審及び当審における各三回の現地検証の結果によれば、原審第一回(昭和五四年八月一四日)の検証の際、原告59月生田宅で、屋外八七dB(A)(防音工事の施行していない窓解放の屋内で七二dB(A))の場合、屋外で数秒間会話に支障が生じた以外に支障はなく、同第二回(昭和五五年二月二〇日)の検証の際、屋外八六dB(A)程度の騒音でも、防音工事施工の瀬角宅屋内では全く気にならない程度であり、同三回(昭和五五年一二月二二日と二三日)の検証の際には、相当頻繁な飛行があつたが、全体として会話支障は顕著ではなく、騒音のピークレベルの瞬間をとらえれば、若干の会話妨害はあるが、その持続時間は極めて僅かであつたようである。すなわち、原告22藤田宅では、屋外八三ないし八四dB(A)程度の騒音も、防音工事の施行してない屋内では会話に支障はなく、同50浜崎宅では、屋外九八ないし八二dB(A)程度、九回にわたるジェット機等の騒音も、防音工事を施行していない屋内では数回耳ざわりで会話を中断する状態ではあつたが、不安感、嫌悪感は皆無であり、防音工事を施行してある市村宅では、二〇回に及ぶ飛行中、耳ざわりな騒音体験はなく、屋外一〇一dB(A)ファントムの騒音も、屋内では七〇dB(A)で、会話妨害はなかつたものと認められる。

次に、当審第一回(昭和五八年一〇月一三日)上草柳四〇〇―一緑の広場二一号における検証では、NLPの実施日にあたり、広場における騒音は激甚であり、騒音の影響は、一メートル以上離れた場所では普通の音声による発言は聴取できず、会話内容を対話者に伝えるためには、相手の耳元でやや大声を出さなければ伝達できない状態であり、屋外においては、普通の会話に一時的に支障が生じたことは明らかである。また、この際の調書には、「検証の場所を取巻いていた近隣に居住していると思われる婦人達は、航空機が通過して大きな音を発している間も発言を続けていて、その音声は、代理人らの音声に比較して大きくかつ高音であるため、二メートルくらい離れていても航空機の発する音の中でも、意味内容を聴取することが出来た。」とされており、激しい騒音下でも、或る程度は日常会話が行われる可能性があることが示されている。同第二回(昭和五九年四月一六日)検証では、殆んど航空機の飛行はなく、会話の支障も全く生じていない。同第三回(昭和六〇年五月一〇日)検証では、NLPの実施下において、被告が施行した住宅防音工事の効果を検分する目的で、飛行場周辺三か所の民家を選んで施行されたが、神田宅では屋外より二六ないし二八dB(A)、渡部宅では二四ないし三一dB(A)、古屋宅では二三ないし二九dB(A)のそれぞれ減音効果が認められ、各屋内においては、会話妨害という現象は全く感得されなかつたが、屋外においては、航空機が飛来した都度一〇ないし二〇秒間程度、若干の支障があつた。

以上によれば、本件航空機騒音は家屋の遮音効果のため屋内では減衰され、騒音による日常会話の支障は、騒音レベルがかなり高い場合には屋内で生ずるが、そのほかは屋外で現われるもので、いずれにおいても比較的短時間であるうえ、防音工事を施行してある屋内においては、相当激甚な騒音のもとにおいても、殆んど発生していないことが知られるのである。

右屋内外における短時間の会話の中断も、人により社会生活上の不快感を覚えることは否定できず、これが本件におけるように日常頻繁に行われると、諸般の生活面で不便を覚えることは当然というべきであろうし、また後記情緒的被害に結びつくことも推認できる。しかしながら、右認定の程度の支障であれば、これが原告らの主張する如く、「意思疎通に支障を来し、人間関係に回復し難い悪影響を及ぼす」という程のものとは未だ認め難いものというべく、また右支障のうち、屋内の障害は、被告による防音工事の助成を受けることによりほぼ防止しうる程度ではないかと思われるが、防音工事実施の状況が後記のとおりである以上、その支障が完全に除去されるに至つているとは認められない。

次に、電話妨害が問題となるのは、通常、屋内についてであるから、前記の屋内における会話妨害について述べたところがほぼ妥当し、原告ら周辺住民が或る程度電話聴取妨害を受けていることが認められるほか、後記のように被告の助成により騒音用電話機の設置が実施され、その解消策がはかられており、相当数の原告らも昭和四八年以降その設置の補助を受けていることが認められる。しかしながら、原告らの陳述書等によれば、右騒音用電話機は、受話の面で期待された程の効果を挙げていないと認められる。

3  テレビ・ラジオの視聴妨害、趣味生活の妨害

テレビ・ラジオの視聴も、人の屋内生活で営まれるものであるから、前記屋内における会話妨害について述べたところがほぼ妥当し、原告ら周辺住民が本件航空機騒音により或る程度その聴取につき妨害を受けていることが認められる。また、テレビについては、家屋の上空を航空機が通過することにより、画面の映像に乱れが生ずることがあり得るし、現に原告らがそのような被害を受けていることも認められるが、この点は、受像機の性能が改良されるに伴い、相当程度解消していると推察されるにしても、本件陳述書等に照らし、なお十分とは言い難いであろう。そして、テレビ、ラジオの普及率からして、その提供する報道、娯楽、教養の場が本件航空機騒音により損われるとすれば、それは原告らの日常生活上の妨害というべきで、また家庭内の団らんの障害となり、情緒的被害に結びつくことも推認できる。尤も、前記認定と原審第三回検証結果(市村宅)によれば、これら被害も、被告主張の住宅防音工事の助成を受けるならば、その影響はかなりの程度緩和された状態となりうることが期待される。また、後記の被告の助成によるテレビ受信料減免措置はテレビ視聴の支障に対する補償の趣旨の効果を肯定し得る。

右のような本件航空機騒音の聴覚関係の影響に加え、経験則上騒音により精神の安定集中が妨害されることを併せ考えると、原告ら主張のステレオ放送、レコード等による音楽鑑賞、各種楽器演奏、アマチュア無線通信、読書、編物等の趣味生活についても、ほぼ同様の事情にあるものと認められる。

4  家庭生活への影響

この点についての原告らの主張の要旨は、本件航空機騒音によつて、原告らの家庭生活における会話がしばしば中断し、これがため親子夫婦間において誤解が生じたり、怒り易くなつたりして家庭内の不和の原因となつているが、かかる状況下で、原告らは穏やかな家族関係を形成し維持するのが困難となつているというのである。右主張は、極めて概括的な事実を一般的に述べるに止まり、具体性に乏しいうえ、前認定程度の会話の支障により重要な誤解が生れたり、これを理由に家族相互間に他に別段のわだかまりの生ずべき事由の存しない場合にまで不信を招来し、家庭内の緊張や不和が昂進するものとはにわかに認め難い。右原告らの主張は、結局のところ、騒音によつて時として家族の団らんが阻害されることによる不快感、これによつて覚える精神的な苛立ちの発現の態様をいうに帰するものと解するのが相当であつて、後記情緒的被害にあたるものというべきである。

5  交通事故の危険

この点に関する原告らの主張の要旨は、本件航空機騒音等により、車のクラクションが聞えない、或いは運転者及び歩行者の注意力が妨げられる事態がしばしば生じ、原告らは常に交通事故の危険にさらされているというもので、事故の危険性は、運転者及び歩行者双方の立場からそれぞれ危険があるというもののようである。一般に、航空機騒音によつて車の警笛や進行音がかき消されて聞えない場合はありうるものと考えられ、これにより原告らの中で交通事故の危険を経験したとする者のあることも認め得る。しかし、原告らが更に進んで「常に交通事故の危険にさらされている」という以上、客観的にみて、その危険性が通常の場合と比較して相当程度高い場合にあたるとしているものと理解される。若しそうであれば、そのような高い危険性があるとするためには、過去の経験的事例に徴し、事故そのものの多発性が相当の蓋然性をもつて確認できる程度の立証が必要であろう。然るに、大和市の本件飛行場周辺において、他地域と比較して交通事故の発生率が有意に高いという点については何らの証拠がないばかりでなく、航空機騒音に起因する交通事故の発生を認めるに足りる証拠もないので、右原告らの主張は未だ認めるに足りないものというべきである。なお、原告21真屋求の長男と次男が昭和三六年一〇月八日電車事故に遭遇した原因が、本件航空機騒音にあるものとは認められない点については、当裁判所の判断も原判決と同一であるから、これを引用する(原判決C二四四頁八行目から二四五頁五行目までのかつこ内)。

6  学習・思考妨害

この点に関する当裁判所の判断は、原判決C二五一頁一〇行目から二五三頁九行目までについて、二五三頁一行目の「したがつて」から九行目末尾までを左記のとおり訂正するほかは、右原判決と同一であるから、これを引用する。

「したがつて、前記のような本件飛行場に離着陸する航空機に起因する騒音は、家屋の遮音効果の点を考慮しても、なお時として、原告らが学習読書等の思考力を要する作業や研究等を行う場合に、その集中を妨げ、思考作用に対して障害を与えているものと認められる。後記被告が助成している住宅防音工事、学習等供用施設、図書館施設等の整備は、前記障害の緩和に資するものとして有益であるが、未だ右障害を除去するに至つているものとは認められない。」

7  教育に対する悪影響

この点に関する当裁判所の判断は、原判決C二五八頁一一行目から二六二頁四行目までについて、二六〇頁七行目以下を次のとおり訂正するほかは、右原判決と同一であるから、これを引用する。

「もつとも、後記のとおり、右学校等の防音工事は昭和二九年度から実施され、これを適切に運用すれば、教室内における騒音による授業妨害は相当程度軽減されることは明らかである。また、生徒の学力の点については、原審証人綱嶋清博の証言によれば、同人は昭和四七年四月から昭和五四年三月まで、本件飛行場北北東約二〇〇〇メートルの地点にある大和中学校に勤務していたものであるが、同校の高校進学率は九〇パーセントを超え、神奈川県下の各中学校と比較して何ら遜色のないことが窺われ、その他、大和市内の児童生徒の学力水準が他と比較して特に低下していることを認めるに足りる証拠はない。したがつて、授業効果の点についても、全体としてさしたる障害が発生しているものとは認められず、原告らの主張する「教育が破壊されている」というのはあたらない。

しかしながら、校庭等の屋外や防音施設のないプレハブ校舎等で実施される授業、体育実技、屋外写生等の際に、航空機騒音による妨音ないし影響を免れないのは当然で、その意味では、具体的な内容や程度を個々的に確定することはできないけれども、なお本件飛行場周辺の学校等における教育や保育は、航空機騒音による妨害から免れていないものと推認するのが相当である。」

8  職業生活の妨害

原告らは、本件飛行場周辺で職業生活を営む原告らについては、航空機騒音等のため、一方で意思伝達が不可能となることから、顧客や職場の同僚との会話及び電話に支障を来すことによる営業上の損失、連絡ミスによる作業進行の停止、労災事故の危険があるとともに、精神の集中が妨げられる結果、作業能率の低下、研究等の知的作業の停滞等の被害を受け、生活手段の基盤が脅かされている旨主張する。

しかしながら、原告らの主張する会話、電話聴取の支障はに判断したところと同一と考えられるし、また、精神の集中が妨げられる結果、知的作業停滞の被害を受けるという点も、前示学習思考妨害の項で認定したところと実質的にはほぼ同一であるように考えられる。

したがつて、原告らの右主張は、要するに、航空機騒音による会話、電話、学習及び思考活動等に対する妨害が波及し進展した結果、発生する事態のうちの一例をあげているものと解されるのであり、その限りで前認定の範囲で肯定し得るけれども、更に進んで原告らの主張する右職業生活の「妨害」という程の事態に立到つているという点については、本件陳述書等の証拠関係のもとでは、未だこれを認めるに足りないものといわざるをえない。

9  振動・排気ガス等による被害

この点についての当裁判所の認定判断は原判決の説示するところと同一であるから、これを引用する(原判決C二六六頁冒頭から二六九頁七行目まで。但し、二六七頁一行目の「一四四名(一五%)」を「九九七名(四%)」と訂正する。)。

10  〈証拠〉を斟酌して考えると、以上認定の生活妨害の被害は、後記認定の情緒的被害と共に、本件被害の中核をなすものと認められる。そして、前記のようなNLP実施日には、航空機騒音に午後六時頃から一〇時頃までの家族の夕食、団らん、休養の時間帯に集中的に暴露されるのであるから、生活妨害のうちの関連部分について、原告らの被害が、増大することは推察に難くない。

七情緒的被害

1  原告ら主張の情緒的被害についての当裁判所の認定判断は、原判決の説示するところと同一であるから、これを引用する(原判決理由第五、六、C二六九頁八行目以下二七八頁末行まで。但し、二七七頁一二行目から末行にかけての「健康被害や」を削る。)。

2  昭和五七年二月開始されたミッドウェー艦載機による前認定のNLPにより、これが実施される期間、本件飛行場周辺における騒音状況は一段と激化しており、これによつて原告ら周辺住民の苛立ち、不快感、墜落事故等に対する不安感等の精神的苦痛がより一層大きくなつていることは原告ら作成にかかる〈証拠〉による各陳述書等によつて認められる。このことは、〈証拠〉によつて認められる関係自治体の首長、市議会議長、基地対策協議会等の内閣総理大臣を始めとする関係政府機関の長、関係米海軍司令官、駐日アメリカ大使等に対する航空機騒音の軽減、その早期解消、基地内施設の安全確保、飛行場安全対策の徹底強化、航空機の安全飛行、夜間離着陸訓練の即時中止、これに伴う代替施設の早期実現、住宅防音工事に対する善処、第一種区域等の指定見直し、公衆電気通信役務料金の減免等々を求めるおびただしい数の要請書の提出、〈証拠〉の厚木基地周辺実態調査研究の記載等々によつても十分に窺われるところであり、原告らを含む本件飛行場周辺住民の右訓練実施中における広範ないわゆる情緒的被害の発生が認められる。

第六  違法性

一はじめに

本件飛行場に離着陸する航空機に起因する騒音等に基づく原告らの被害につき、被告に損害賠償責任が成立するためには、被告による本件飛行場の使用、或いは供用におけるその設置・管理行為が違法性を帯有し、国賠法二条一項の営造物の設置又は管理に瑕疵があるとされ、或いは、民法七〇九条の不法行為に該当すると評価されなければならないところ、右違法性の判断に際しては、右原告らの被害が、社会生活を営むうえにおいて受忍すべきものと考えられる限度を超えるものかどうかを基準とすべきである。

原告らは、この点につき、本訴における被害の内容は、原告らの環境権ないし人格権の侵害であり、これらの権利は絶対的保障が確保されるべき優越的利益を内容とするから、右各権利が侵害された場合には直ちに違法性を認めるべきであり、受忍限度という基準を用いてこれを超えるかどうかにより違法性の存否を判断すべきではないと主張する。しかしながら、私法上の権利としてのいわゆる環境権の成立は認めがたく、人格権の成立についても疑問があることは前記のとおりであり、また、社会共同生活を円滑に維持してゆくためには、生活妨害や情緒的被害等、いわゆる人格権的利益を侵害する行為を一律に違法とするのは相当でなく、相互に受忍すべき限度を認定し判断すべきは当然のことである。殊に、原告らの主張する被害は、複雑多岐かつ広範なものであるうえ、本件侵害行為とされる被告の所為は、法令及び条約に基づき行われる本来は適法とされる自衛隊機及びわが国に駐留する米軍機の運航に関するものであるから、これらの関係を正確に把握し適切な法的判断に到達するためには、本件被害の発生に関する諸種の要因等を総合的に比較検討して、相対的評価をなすことが不可欠であるといわなければならない。

そこで、本件飛行場に離着陸する航空機に起因する騒音等による被害が受忍限度を超え、被告による本件飛行場の使用ないし供用が違法性を帯有するかどうかについて判断することとなるが、その際、(1)侵害行為の態様と侵害の程度、(2)被侵害利益の性質と内容、程度、(3)侵害行為のもつ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度を比較検討するほか、必要に応じて、(4)被害の防止に関する被告による対策の有無、内容、効果、(5)侵害行為としての騒音等に対する行政的な規制に関する基準、(6)原告らの侵害行為に接近の度合い等が考慮されるべきものと考えられるところ、(1)、(2)については既に認定したとおりであるから、次に(3)以下について検討することとする。

二本件飛行場の使用ないし供用の公共性

本件飛行場の設置管理とこれに関する法律関係は、前記のとおりである。

したがつて、右認定にかかる本件飛行場の沿革と防衛施設及び区域としての性格、その設置管理の法律関係並びに原告らの本訴請求が昭和三五年以降の本件飛行場に関する被告による設置管理の瑕疵に基づく国賠法二条一項と民法七〇九条を理由とする各損害賠償の請求であること等に徴すれば、本件における侵害行為のもつ公共性の問題は、とりもなおさず、自衛隊による本件飛行場の使用及び旧安保条約、現行安保条約(以下一括して「安保条約」ということがある。)に基づく被告の米軍に対する本件飛行場の供用行為の公共性ないし公益上の必要性の問題であり、結局は、わが国の防衛上、被告による自衛隊の設置とその保有、運用並びに安保条約の締結による米国軍隊の基地使用の承認という、戦後被告によつてとられて来た防衛措置の公共性の問題に帰着するものと考えられる。以下この点につき検討する。

1  およそ独立国家がその主権の一部として自衛権を有することは、独立した法主体に本質的なことである。すなわち、国家の自衛権は、外部から急迫不正の侵害が加えられた場合に、これを排除するため、止むをえない限度で実力をもつて防衛する権利であり、国家の存立の基礎にかかわる重要な基本権である。それゆえ、わが国がこのような侵害行為に対して自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛のための措置をとることは、国家としても最も本質的な任務と権能の一つであるといわなければならない。

そして、わが国が自国の平和と安全を維持するため、どのような方法によつて自衛するかという具体的な方法の選択は、国民の負託を受けた政治部門(行政府及び立法府)が、わが国の国是に基づき、そのおかれた国際的環境、その政治的経済的諸条件、国民思想の動向等、諸般の事情を総合的に考慮して決定すべき高度に政治的な判断事項であり、わが国の政治部門は、その方法として自衛隊を保有し、自らの防衛にあたるとともに、米国との間に安保条約を締結し、米軍による安全保障を求めているのである。

2  現在、自衛隊は、国会がその必要性を認めて制定した防衛庁設置法及び自衛隊法に基づいて組織され、その装備の規模・内容についても、閣議の決定と国会による予算の議決を受けているものであつて、それは、現在の国際情勢の下において、わが国を防衛するために、必要最小限度の実力組織としてその保有が必要であるとの政治部門の判断に基づくものである。

また、安保条約は、完全に平和が維持され難い現在の国際情勢を考慮し、ひとたびわが国に武力攻撃が加えられた場合には、わが国を防衛し、国家としての存立を保持するために、友好国の援助が必要であるとの判断のもとに締結されているのであつて、右日米間の条約に基づく安全保障体制が、わが国の防衛のために必要不可欠であるという政治部門の選択と判断によるものである。

そして、これらのことは、すべての国が個別的及び集団的自衛の固有の権利を有することを承認している国際連合憲章によつても許容されているところである(同憲章五一条)。

なお、旧安保条約は、わが国の防衛のための暫定措置とするわが国の希望のもとに(前文)、米国の軍隊をわが国の国内及びその附近に配備する権利を許与し、この軍隊は極東における国際の平和と安全の維持に寄与し、並びに、外部からの武力攻撃に対するわが国の安全に寄与するため使用できるものとし(一条)、わが国は、米国に対し、右目的の遂行に必要な施設及び区域の使用を許すことに同意したものであり(行政協定二条一項)、また現行安保条約は、わが国の施政下にある領域において、外部からの武力攻撃が加えられた場合には、日米両国が共通の危険に対処するように行動する態勢を執ることによつて、わが国の安全を確保することとし(五条)、また、米国には、わが国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、その陸軍、空軍及び海軍がわが国において施設及び区域を使用することを許されるとしているのであつて(六条)、このように、一方において米国の対日防衛義務を、他方においてわが国の施設及び区域の対米提供義務をそれぞれ規定し、この相互の組合せをその基本的骨格とするところに、安保条約の特色があると考えられている。

この意味で、わが国の施設及び区域の米軍に対する提供は、わが国の米国に対する条約上の義務であるばかりでなく、米国のわが国防衛義務と不可分の関係にあり、いわゆる安保体制の実効性を維持し充実させていくうえに不可欠の要素と考えられている。

3  わが国の政治部門が選択し、採用して来ている防衛政策の概要は以上のとおりであり、これによつて、わが国の平和と安全の実現がはかられているのである。

このように、わが国の防衛の問題は、国家としての存立と安全(この中には、わが国の経済的繁栄と国民の福祉の問題も含まれる。)にかかわると同時に、わが国が如何なる国是にたち、国際関係にどのような方針で対処するのかという、世界におけるわが国の在り方、その政治及び外交の基本的方向とも密接に関連し、極めて高度な公共性を帯びる事項であると考えられる。本件飛行場の自衛隊による使用及び米軍への供用も、以上のようなわが国が執つて来ている防衛政策の一環であると理解されるのであつて、併せて高度の公共性をもつものというべきである。

原告らは、被告には自衛隊及び在日米軍による防衛体制がわが国の平和と安全にとつて必要不可欠であるゆえんを現実の国際情勢の下において具体的に主張し立証する義務があり、とりわけ西太平洋を作戦海域とする米海軍第七艦隊の作戦支援及び後方支援を行う部隊が、何故わが国の平和と安全を維持するために重要なのか明らかにすべきであると主張するのであるが、戦後わが国が平和の裡に経済的発展を遂げたことは周知の事実であり、また、前記のとおり、わが国の防衛をどのような方針のもとに如何なる態様と方法で全うするかは、国民に対して直接政治的責任を負う政治部門の選択と判断に委ねられているのであるから、特段の事情のなき限り、その選択と判断は尊重されるべきものと考えられる。

そして、〈証拠〉を総合すれば、本件飛行場の重要性と適地性については、ほぼ被告主張に相応する事実が認められるのであつて、以上の点に艦みると、原告らの前記主張は採用し難いものというべきである。

因みに、本件でその証拠が数多く援用されている前記大阪国際空港事件においても、航空の迅速な交通運輸機関としての重要性とともに、同空港の有する高度の公共性が争点とされているのであるが、同事件で主張された公共性の内容は、航空機による迅速な公共輸送の必要性をいうものであり、現代社会においてその公共性が相当に高度なものであることは明らかであるが、「これによる便益は、国民の日常生活の維持存続に不可欠な役務の提供のように絶対的ともいうべき優先順位を主張しうるものとは必ずしもいえない」(最高裁判所大法廷判決」とされているのに対し、本件飛行場の使用或いは供用のもつ公共性は前述のとおりであつて、両者はその事案、性質を異にし、同一に論じることはできないものというべきである。

三被害の回避軽減のための被告による対策と効果

この点についての当裁判所の認定判断は、左記のとおり訂正、付加するほかは、原判決理由中の該当判示部分(第六、三、C二八六頁五行目からC三七五頁一〇行目まで)のとおりであるから、右部分を引用する。

1  原判決C三〇四頁一三行目冒頭から三〇八頁二行目末尾までを「以上のとおりであるから、住宅防音工事が実施された家屋にあつては、航空機騒音による被害はかなり軽減されていると認められるが、右住宅防音工事は現在のところ、原則として一室ないし二室について施行されているにすぎないのであるから、騒音による影響が十分防止されているものとは認められない」と訂正し、同三二二頁四行目の「認められるが」以下一〇行目末尾までを「認められる。」と訂正し、同三四〇頁二行目冒頭から一二行目末尾までを削除する。

2  引用の原判決認定以後の実情

前記認定事実、〈証拠〉によると、被告の当審主張のような周辺対策の区域指定、各種周辺対策の内容とその実施状況の事実が認められる。

四環境基準

原告らの本件損害賠償請求は、公害対策基本法九条に基づく昭和四八年一二月二七日環境庁告示(第一五四号)「航空機騒音に係る環境基準」において、達成すべきことが望ましいとされている基準値であり、また、右基準の基礎となつた中央公害対策審議会騒音振動部会特殊騒音専門委員会の報告で、航空機騒音による日常生活の妨害、住民の苦情等がほとんどあらわれない良好な環境基準として理解されているWECPNL値七〇ないし七五を、直ちに周辺住民の私法上の受忍限度として、その主張を構成していることは明らかである。しかしながら、〈証拠〉によれば、右環境基準は、政府が公害防止に関する基本的かつ総合的な施策を決定し、これを有効適切に実施するにあたつての行政上の努力目標を示す指標であり、そこで定められている数値も、達成し維持されることが望ましい値を示しているものであつて、これが直接、不法行為に基づく損害賠償請求の成立を基礎づける違法性ないし受忍限度判断の決定基準となつたり、これが達成されないことにより、周辺住民の健康被害や環境破壊等の事実の発生を推認させる要素となるものではないことは、その文言や〈証拠〉によつて認められるこれが制定にいたる経緯等に徴しても明らかである。

五地域性、先住性、危険への接近

前記(被告の当審主張第三八表)のとおり、原告らが本件周辺地域に転入した時期は、昭和一八年から同五一年にかけて区々にわたるものであるから、必らずしも地域性等によつてすべての原告らに対する関係を一律に論じ得るものとは考えられないし、後記のように、公共性の観点から本件違法性の有無を判断し得るので、地域性等については特に判断を加えないものとする。

六受忍限度及び違法性の判断

本件侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為とされる被告の行為のもつ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度、右侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間被害の防止に関して被告がとつた措置とその内容、効果等は、以上に認定判断したとおりである。そこで、以下これらの点を総合的に考察して、被告の自衛隊による本件飛行場の使用又は米軍に対する供用に基づく航空機騒音等が、原告らに対する関係で違法な権利侵害ないし法益侵害となるかどうかについて判断することになるが、先ず、右侵害行為と被侵害利益及び本件における公共性の各点を比較検討してみることとする。

本件飛行場は、昭和一三年から一六年にかけて旧海軍省により、飛行場としては適地に、相当な面積をもつて開設され、以来一貫して飛行場として機能して来たのであり、その間、前記の経緯により、米軍及び自衛隊の航空機の離着陸等に使用され、これらの航空機は前記のような騒音等を周辺地域に発生させて来た。ところで、周辺地域としての大和市は、昭和一五年の人口が六〇〇〇名程であつたが、終戦後人口が増え始め、特に昭和三五年以降の増加は著しく、昭和五九年には一七万名余に及んでいる。原告らが大和市に転入した時期は、昭和一八年から五一年にかけて区々にわたり、その居住地は、大部分が、航空機騒音に係る環境基準を超える区域にあるが、原告らが本件航空機騒音等により受けているいわゆる共通被害の内容は、前記認定のとおり、定量的には把握し難い精神的な不快感、苛立ち、航空機墜落等に対する不安感等の情緒的被害、睡眠妨害、テレビ・ラジオ及び会話、電話に見られる支障等の生活妨害であつて、それ以上に客観的に原告らの生命、身体及び健康に対し具体的な被害が発生しているとは認め難い。

一般に、公共性のある行為に伴つて第三者に被害が発生する場合、加害行為を違法とするためには、公共性を帯びない行為との関係で受忍限度とされる程度を超える被害が生じているというのみでは足りないのであつて、当該行為の公共性の性質・内容・程度に応じて受忍限度の限界が考慮されるべきであり、これについては、公共性が高ければ、それに応じて受忍限度も高くなるといわなければならない。本件の場合、本件飛行場の沿革、周辺地域の事情のもとで、被告による本件飛行場の使用及び供用行為の高度な公共性を考えると、これに基づく原告らの被害が前記のような情緒的被害、睡眠妨害ないし生活妨害のごときものである場合には、原則として、かかる被害は受忍限度内にあるものとして、これに基づく慰藉料請求は許されないのであり、例外的に、身体的被害の原因となる深刻な加害が存するときにのみ、更にその他の事情を併せ考慮して、受忍限度を超える被害があるものとして、その請求が許され得るものと解するのが相当である。

けだし、前示公共性の事項で判断したとおり、一国の防衛は、国の存立と安全を確保し、国民経済の発展と国民の福祉をはかるうえに緊要の事項であるばかりでなく、世界の平和と安全にも関係する政治外交上の重要問題であつて、国民の自由と基本的人権もこれによつて確保される面をもつのであることに鑑みれば、この高度に公共性ある国の防衛関連行為に随伴して生ずるある範囲の犠牲について、国民がこれを受忍することを要求されるのは、事柄の重要性と必要性との対比において止むをえないところと解すべきであり、本件の場合の原告らの前記被害は、右の範囲を超えるものとは認められないからである。したがつて、原告らに対する関係で、昭和三五年以降の被告による本件飛行場の使用及び供用に基づく加害行為に違法性があるものとは認められないのであり、原告らの本件現在の損害賠償請求は此の点において既に理由がないといわねばならない(原告らのうち、被告の当審主張第三八表記載で大和市外に転居した者については、その転居後の期間にかかる部分は、侵害行為の存在自体の立証がない。)。

なお、右に述べたところは、慰藉料請求権の成立要件としての違法性の存否を論じたものにすぎず、違法性の有無にかかわらず、国民の一部が受ける被害の公平な分担という見地から国が被害者に対して被害の補償又はその軽減の見地にたつて立法、行政上の努力をなすべき立場にあることを否定するものでないことは勿論であり、前記認定の被告による各種周辺対策は、この意味において重要であり、その一層の充実が期待されるものであることはいうまでもない。

第七  将来の損害賠償請求

原告らの本件将来の損害賠償請求について考えるに、既に大和市外に転出した原告ら(原告4、12、16、38、40、60、84)については、権利保護要件を欠くこと明らかであり、その余の原告らについては、今後の航空機騒音の発生状況、原告らの被害の内容、程度、原告らの居住関係等の事実関係の推移を待たなければ、損害賠償請求権の成否等を認定し得ないのであるから、将来の給付の訴えにおける請求権としての適格を有しないものと解され、結局、権利保護要件を欠くものといわざるを得ず、従つて、いずれもその請求にかかる訴えは、請求の終期をどのように定めるものにせよ、不適法としてこれを却下すべきものと認める。

第八  結論

よつて、原告らの本件差止請求にかかる訴えを却下し、これに伴う弁護士費用の賠償請求はこれを棄却すべく、また、原告らの現在の損害賠償の請求は、当審で拡張された部分を含め、これを棄却すべく、原告らの将来の損害賠償請求にかかる訴えは、当審で予備的に追加された請求にかかるものを含め、これを却下すべきである。そこで、現在の損害賠償請求については、当裁判所の右判断と一部異る原判決部分は不当に帰するから、これを取消して、その部分の原告らの請求、並びに、当審で拡張された請求を棄却し、また控訴にかかる原告ら(原告加藤郁子を除く)の当審で予備的に追加した将来の損害賠償請求にかかる訴えを却下し、原判決のその余の部分は理由を異にするところがあるが、結局相当であるから、控訴にかかる原告らの控訴及び原告家串松三郎の附帯控訴は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官田中永司 裁判官安部 剛 裁判官笹村將文)

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